ハープ奏者は見た                            

第2回 ピアノ

 先日、本を読んでいる時にふと思いつきました。小説の冒頭はなかなか手が進まず、クライマックスに近づくほど引きこまれ、すいすいページをめくってしまうあの感覚はもしや作者に演出されてるのではないだろうか?

 山場になるほど改行を増やしたり、言葉を易しくしたりしてさりげなく読むスピードをあげさせて、盛り上がりを演出していたりして…?

 

 馬鹿な事を考えついでに「ピアニストの演奏中の気持ちは作曲家にコントロールされている説」を思いだしました。

何かの本で読んだのか、友人が言っていたのか出どころは覚えていないのですが、例えば右手が高音、左手が低音という左右の手が離れた音形が出てくると奏者は腕を広げなければならないので深く俯くことになり、俯けば自然と気持ちも暗くなる。反対に左右の手が近づく時は背筋が伸び、上向きがちになり気持ちも明るくなるので、それをうまく曲調に当てはめて曲が作られているというような話でした。

 なかなか眉唾な話ですが、そんな事を考えながら作られた曲も一曲二曲くらいはあるかもしれません。

 

 ところでピアノというのは西洋楽器の中では多分一番メジャーな楽器で、楽器の仕組みの説明無しにこういう話をしてもすぐ理解してもらえます。私もハープの仕組みを説明する時には「ピアノでいうここがこうなって~」と言えば大体わかっていただけるので助かります。

でもピアノのように大きな楽器が一家に一台、とまではいいませんがここまで普及したのはちょっと不思議です。何しろピアノは場所をとる、値段が高い、音が大きい(防音でないマンションには置けない)となかなかハードルの高い楽器です。

 それでもピアノ教室はあちこちにありますし、愛好家もたくさんいます。日本の音大の入試でも何科であろうと副科としてピアノを弾かなくてはなりませんし、入学してからもずっとピアノのレッスンがあって、やはりピアノは基本の楽器という立ち位置です。

 

 ところが所変われば変わるもので、フランスの音楽院の受験の時にはピアノは入試科目に無く、そもそもピアノ科でもないのにピアノが弾ける人自体もあまり居ないようでした。  

これはフランスでは公立の音楽教室が発達していて好きな楽器を安く勉強できるので、他の楽器を選ぶ事に対してハードルが低いということもひとつ理由としてあるのかなと思います。  

逆に言えば日本では他の楽器を習う場所が見つけにくいために手近なピアノが人気あるのかもしれません。 

 

 でもなんだかんだ言ってもピアノは楽器の王様だなあとは思っているのです。つい先程もオーケストラの仕事で、ピアノ協奏曲を聴いてきましたが、あの迫力と多彩な音量や音色の変化や軽やかさはなかなか他の楽器では得られないと思います。 

 

 ピアノ以前の、鍵盤というものの発明も素晴らしいことで、鍵盤の弾き方さえわかればそれだけで随分いろいろな楽器が演奏できます。    

 鍵盤にリュート的なものを組み込んだのがチェンバロで、鉄琴を組み込んだのがチェレスタで、笛を大量に組み込んだのがオルガンで、テルミン的なものを入れてみたのがオンド・マルトノ、もう何の楽器の音でも弾けるようにしてしまえ、というのがシンセサイザーですね。ここまで言うと各方面から適当なこと言うなと言われそうですが。

 

 余談ですがシンセハープなんていうものもあって、これはシンセサイザーのインターフェイスを鍵盤からハープに変えたもので、ハープを弾いているだけなのにいろんな楽器の音が出せてしまうというキワモノです。ウインドシンセという木管楽器型のインターフェイスのものもあります。   

 

 さらに余談ですが、パリの音楽院在学中にハープ科の生徒で合唱をする機会があり、それまで指ぱっちんや巻き舌や口笛ができないために(なぜか西洋人達はこれが得意)、ハープ科の中で「何もできないね。」とからかわれていた私は、ここでピアノ伴奏を披露して少しばかり面目躍如する事ができました。       

 

 どうしてハープ科が指ぱっちんをしたり合唱したりしていたのかはまたの機会に書かせていただきたいと思います。   

 

 

 

第1回 嬰と変の謎

はじめまして。

私はハープという弦が47本あってペダルが7本ある妖怪のような楽器を弾いて暮らしている自営業者です。自由業者かもしれないけれど、自営業と自由業の違いはよくわかっていません。

「職業音楽家です。」というのは胡散臭い感じで少し恥ずかしいけれど、確定申告の際にはやはり職業欄に「音楽家」と書いています。

 

 上野の高校、大学に5年間通った後パリの音楽院にこれまた5年間通いました。上野に通う前はさいたま市の中学校に通っていて、あんみつやさんとはそこからのお付き合いで、今回web歩行にお誘いをいただきました。

 あまり大それた事は書けませんが、自分の出演したコンサートの事や、普段の生活の話、パリの話などを音楽をしている者の視点で書いていきたいと思っています。

 

 さて突然ですが、皆さんはシャープ(♯)がついている音と、フラット(♭)がついている音、それぞれどんなイメージを思い浮かべますか?  

 音を聞いてそこから色や形が思い浮かぶ、共感覚という才能を持っている方も稀に居るそうですが、そこまで難しい話ではなく漠然としたイメージとして、私は何となくシャープは暖色、フラットは寒色と思っていました。  

 

 ところがある時、音楽家仲間とふとその話になったら、皆フラットの方が暖かいイメージだというので驚きました。単音だけでなく、フラット系の調性自体も暖色系なのだそうです。  

弦楽器で考えると、音は高くなるほど弦の張りが強くなり緊張が高まるものですから、元の音より高くなるシャープの音の方が硬い音、どちらかといえば寒色というのは考えてみれば納得できます。 シャープという名前も硬い尖った感じを表していますし。

 

 ではなぜ私が皆と逆のイメージを持っていたかと考えてみると、これはハープの弦に色がついているのでそれに影響されたのではないかと思うのです。  

 ハープの弦は基本は無色で、ドとファだけに目印に色がついています。ドが赤でファが青です。  

 フラット系の最初の調、ヘ長調はファソラシ♭ドレミファ、とファから始まるのですが、この最初の音がハープでは青いために、長年弾くうちに私の中ではフラット系は寒色だというのが染みついてしまったのかもしれません。  

 

 私が使っている楽器は、サルツェドというハーピストがデザインしたサルツェドモデルという機種なのですが、彼は赤が好きで元々はその楽器には全ての音に特注の赤い弦を張る事を指定していたそうです。何を弾いてもアグレッシブになってしまいそうな指定です。スペインものを弾くのには良いかもしれない…そういえばサルツェドはスペイン系フランス人でした。 

でも音に対するイメージを決めそうなものは他にもいろいろありますね。

子供の時に遊んでいたおもちゃのピアノや木琴の鍵盤についていた色なども結構後々の音に対するイメージに影響しているかもしれません。

 ドレミの歌なんかも「レはレモンのレ」「ソは青い空」で、ファは「ファイト」、シは「幸せ」とか勝手に言っていますしね。

 

 余談ですが弦の色といえば、大人になってからハープを習い始めた私の生徒さんに、「ドが赤、ファが青」がなかなか覚えられない方がいます。ファの音は青といってもかなり暗い青で、黒に近いのですが、彼女は赤より黒の方が基本の色だから、やはり基本の音であるドが黒だろうと思ってつい間違えてしまうのだそうです。これも言われてみればなるほど、と思いますが私含め他の生徒さん達もそんな事を考えたことは無いし、特にそれで迷うこともないので、人間の脳というのはやはり人によって使う部分が違うんでしょうね。     

 

 最後に、これを書いているうちにふと思ったのですが、フラットはどうしてフラットというのでしょう。シャープの反対はフラットではないですよね。何も記号のついていない音はナチュラルと呼びますが、ナチュラルとフラットは似通った意味のような気がするし…。 シャープの反対は何だろう?スイート?ジェントル?ソフト?それこそ余計なイメージがつきそうではありますが。 

 ちなみに日本語だとシャープは「嬰」、フラットは「変」ですが、これも字面から由来が想像できず不思議です。調べてみて面白い由来があったらまたいつかご報告したいと思います。 

 

 初回からとりとめのない話になりましたが、このような呟きにお付き合いいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。