【バラシ(ばらし)】

演劇とかイベントで使われる用語。その名の通り、一体を成すものをバラバラにする作業を指して言うわけだが、こと演劇に関して言うならば、芝居の千秋楽が終わった後の劇場片付けのことである。芝居が「祭り」であるならば、バラシとは完全に「祭りのあと」。僕は根っからの「祭りのあと大好き人間」だ。話はそれるが、高校野球で敗退した農業高校の選手達が、甲子園から帰った翌日にユニフォームではなく作業着に袖を通し黙々と畑を掘り起こす姿にグッと来る。あえてもう野球のことを考えないようにしているのを表情から読み取れた時、「あーこれが人生だな」と思う。ドラマの後というドラマが確実にある。まだどこにも行けない感情が未整理のまま詰まっている閉塞感。人生は金太郎飴のように、どこを切り取ってもドラマ。そこに優劣はない。

バラシ。そこもまた、劇団の数だけ公演の数だけドラマの詰まっている時間だと思っていた。僕も何度も経験して来た。芝居の数だけバラシがあった。そんなバラシを芝居として上演しようと思った。劇団のバラシを題材に描くのだ。それが劇団の解散公演であったというオプションを付けて。

真夏の7月28日から、下北沢の「劇」小劇場で。

 

劇団フルタ丸第15回公演『バラシて終わりと思うなよ』特設ページ

http://furutamaru.com/15thbarashi_mov.html

 

        <2010年7月14日 11時22分 自宅 >

 

【ベーコンエピ(べーこんえぴ)】

ツイストした堅いパンであり、その中にねじ込まれた存在感の薄いベーコン。

それがベーコンエピの正体である。逃げも隠れもしない、ベーコンエピはそこにいる。君の住む街にあるパン屋の端っこの方にいる。名前に「ベーコン」と付いているワリにはベーコン感はあまりない。僕が責任を感じ、勝手に謝っておく。過大広告ではないのでジャロにだけは電話しないで欲しい。そして、「エピ」であって「エビ」ではないよ、これは小学生時代の僕に言っているのだ。ベーコンとエビが入ったかなりバーベキューなノリのパンだと信じ込んでいた。でも、毎回エビが入っていないもんだから、これはパン屋の不注意ではなく、おそらくエビがパンに練り込まれており、その状態を「エピ」と呼ぶのだろうと結論付けたこともあった。エピとはフランス語で麦の穂。あの形を言っていることを知ったのは、今さっきのことである(調べました)。こうして項目として取り上げるぐらいだから、大の好物であることは薄々バレている。恥ずかしいったらありゃしない。これから好きなものをありたっけの言葉で褒めようとしている。けど、べーやん(恥ずかしい気持ちを誤魔化している)の美点を上げろと言われてもキャッチーな言葉は出て来ない。嫌いな人にベーやんをホレさせる自信はまるでない。嫌いな人はホイップクリームがモーセの海のごとく真ん中に乗っかった甘いパンを食べているが宜しい。好きな理由は一点のみ、「堅い」ことである。究極的に言えば味ではないのだ。あの堅さこそが快感なのだ。そして、あの堅い部分を増やすために意図的にツイストしてあるのだ。決して気まぐれじゃない。ねじれる度に焼き上がったベーコンエピはその部分に堅さを蓄える。チンポと同じである。女性の方にはほぼチンポだと思ってもらっていいかもしれない。パン屋のチンポ的存在。僕は毎日そんなチンポを食べて生きている。えーっと、とりあえず謝っておきます。ごめんなさい。 

        <2010年6月11日 1時05分 自宅 >

【藤沢(ふじさわ)】

大学4年の夏(7月)から、神奈川の「藤沢」という街にほぼ週一で来ている。もうすぐ丸6年になる。これは全ての人には当てはまらない、ちょっと「稀」な習慣だと思っている。週一で6年間、ピアノ教室とかSMクラブに通っている人がいたとしたら、その人にとっては「フルタ、稀でもなんでもないぞ!」と言われるかもしれない。けど、大人になれば、そんな人はなかなかいないでしょ? けど、僕は週一で藤沢に来ている。いや、自慢でもなんでもない。ただ来ているだけだ。藤沢という街に6年越しの恋人でもいるのか。だとしたら、相当に甲斐甲斐しい男だ、僕は。それも違う。タネを明かせば、毎週金曜日の21時から、藤沢にあるFMラジオ局「レディオ湘南」で『らぶ&MUSIC』というラジオ番組をやらせてもらっている。神田陽太さんという6年越しの付き合いになるミュージシャンの方と一緒にダラダラ喋り続けて来た。FMなのにいつ終わってもおかしくないAMっぷりを貫いてきたが、先月放送300回という大台を迎えた。レディオ湘南の密かな長寿番組となっている。そんなラジオのために、僕はこの藤沢という街に通い続けている。6年間も来ていれば、藤沢の細かい道も覚えたし、美味い店もそこそこ知っている。3時間も早く藤沢に着いてしまった場合の時間の使い方も熟知している。そんな藤沢の街で3時間をつぶす黄金ルートを紹介しておく。駅からすぐ近くのビックカメラ5階にあるマッサージチェアでマッサージをタダで受けること30分(マッサージを受けたい方は店員に一言お掛け下さいと書いてあるが、一度も掛けたことがない。勝手に使ってごめん。)蕎麦屋「新月」でたぬき蕎麦&ミニ牛すじ丼を食うこと15分(ひたすら安い蕎麦屋。が、麺が太く味も美味い。牛すじの量はもう少し多くてもいいと思う。)ブックオフで本を選ぶこと30分(藤沢のブックオフには必ず掘り出し物がある。そんな本を見つけた瞬間は、なぜか東京人への優越感で胸がいっぱいになる。僕も東京人なのに。)ベローチェカフェにて本を読むこと1時間(ソファ席に座ると良いアイデアが浮かぶ気がしている。でも、だいたいアイデア倒れになることが多い。)あれ?まだ時間が余っているな。どうしよう。そうだな、その後は......早目にレディオ湘南に入る。CS放送でドラゴンズ戦を観ながら、生放送が始まる21時を待つ。そんな3時間。どうでしょう?(僕は一体誰に薦めているんだろう)これを書いているのも、そんなラジオの前のベローチェだったりします。そろそろ、局に向かいますわ。

<2010年5月7日 20時31分 藤沢のカフェ>

【ビル(びる)】

ビルのある街が好きだ。
もっと詳しく言えば、背の高いビルが建ち並ぶ無機質な街が好きである。
都内であれば西新宿は相当熱い。誤解なく言えば、上京以来あの街のファン。
あの街に通いたいという理由から、あの街でアルバイトをしたこともあった。
バイトの休憩時間には、天高く聳えるビルの窓に映る白い入道雲を眺めた。
雲は風に流されてしまい、
窓が青空の水色に染まったり、
再び、雲の白色に染まったりした。
ただただ、僕はそれをボーっと見ているのが好きだった。
そして、今まさにこの文章を書いている霞ヶ関。
政府機関のビルが乱立している土地で、この街に来るのは2度目。
歩きながら街を眺めているだけで相当ウキウキした気分になって来る。
ディズニーランドが好きな人はきっとこんな気分なのか。
ここは僕のディズニーランドかもしれん。
何故にこういった街が好きなのか。
ある意味、いつもいる下北沢とは間逆の街だ。
でも惹かれてしまう。
ただ「ビルがある」だけではダメなのだ。そんな街は至る所にある。
僕が求めるのは、どこか寒々しさえある「無機質感」かもしれない。
シンプルで人の生活感が全くない街。
そんな街には概してコンビニも牛丼屋も少ない。いや、ない。
あったとしてもナチュラルローソン。
このナチュラルローソンという1ランク上の空気感が嫌みなく溶け合う。
そんな街にあるカフェに入りパソコンを開く。極上の時。

<2010年4月26日 13時16分 霞が関のカフェ>

 

【平野智子(ひらのともこ)】

大学時代からの友人に平野智子さんという人がいる。同じクラスメイトだった。
彼女はピアノの弾き語りというスタイルで音楽を作っている。その声もピアノも、なんかまるで幼馴染と陽だまりのベンチに座り、横からふと話し掛けて来たような優しさと懐かしさがあった。上手く言えないけどそんな感じだった。劇団の音楽を担当してもらい芝居の楽曲もたくさん作ってもらった。どれもこれも僕の宝物になっている。芝居が終わっても何回も聴き返している。一つの鍵盤が指で弾かれ、その次の鍵盤が弾かれるまでの間、そのわずかコンマ数秒間に平野さんが仕掛けた郷愁がある。吸い込まれるように、僕はボーっとする。その隙間が僕をその芝居を作っていた時の生活に連れて行ってくれる。

不思議だ。その時の劇団員の顔や会話、そんな隅々まで思い出させてくれる。
音楽はタイムマシーン。嘘じゃない。平野さんはそんな音楽を作れる人です。

<2010年4月16日 16時38分 下北沢の事務所>