『ラーメン、最後の一杯を求めて』

 10月20日(火) 豪徳寺『満来』


「逆流性食道炎」

何を隠そう、今、僕が患っている病名。
その名の通り、胃液が逆流して、食道が焼けるように熱い。
胃液はさらに上り喉もヒリヒリと痛い。
タバコも吸わないのに、喉頭がんになったのではないかと絶望の淵にいた。
ま、これは言い訳ではなく現状だ。
要するに、僕は肉とチョコレートの食い過ぎらしい。
医者からもらった病名の書かれたパンフレットにはそう書いてあった。
食生活を改めないと治ることはない。
しかし、改めていない。
相変わらず、肉もチョコレートも食っている。理由は美味いからだ。
だから、薬飲んでるけど、治りそうな予感がまるでしない。

僕は最近決めたことがある。
自分は何のために生きてるのか。
この命題に対する答えを決めた。

「笑いたいから」
「感動したいから」

この2つだ。
人生はややこしく時に何が正しいのか分からなくなる。
けど、これがはっきりしてれば、迷った時も「笑えるのか」もしくは「感動できるのか」
この2つを問いただせば、自分の進むべき方向に舵を切れる。そう思った。

医学的観点から言えば、おそらく僕は、しばらくラーメンとかを一切食べない方が良い。
それは明白だ。けれど、それは笑えないし感動もできない。
人間が一生で食べる食事の回数は、生まれた瞬間から有限である。
その中の1食を前にして、僕はやはり感動したがっている。

ラーメンを食って感動したいんだ。
大学1回生の頃、よく昼からの授業をさぼって、
友人らと都内のラーメン屋を歩き回ったことがあった。
あれも確か、今みたいな秋だった。


家から原付バイクで10分。
小田急線に豪徳寺という駅がある。
その駅から歩いて1分という立地にその店はあった。
その「満来」と呼ばれるラーメン屋の存在は雑誌で偶然知った。

ラーメン1杯200円。

誤植かと思ったが、そうではなかった。
あのラーメンの佐野(ハゲ)が
「ここの醤油ラーメンを食べなさい」と鋭い目で語っていた。

平成21年。100円玉がたった2枚でラーメンが食えるという。
カップ麺でさえ200円では買えないものだってある時代に、
ラーメン屋の気は確かなのか。
満来。
満を持して来る者を拒まず。
そんな挑戦状であると都合良く受け取った僕は豪徳寺にいた。

満来の暖簾をくぐった。

「昭和」

その店内はその2文字で全ての説明が付くほどに昭和だった。
僕の他に2人の客がいた。
反射的に、おしながきを見上げる。

嘘ではなかった。
確かにラーメンは200円。
大盛りは300円。
これまでにラーメンを食う前に感動したことはあったかなと思った。
一度たりともそんなことはなかったはずだ。
麺をズルズルとすすって、熱いスープをゴクゴクと飲んだ先に感動があったはずだ。
平然と「200円」と書かれたラーメン屋のおしがなきを肉眼で見たことはあるか?
僕はなかった。
今日のこの瞬間までなかった。
「激安!」という誇張も何もなくただ200円。
何のてらいもなく200円。
200円のラーメンが、ただそこにある。
僕はすでに感動していた。


店内に貼られた雑誌の切り抜きが目に入った。
おじいさんがいた。そのおじいさんはその満来の店主だ。
前方の厨房に立っていた。
切り抜きのおじいさんは96歳であると紹介されていた。
いや、隣のもう少し新しい切り抜きには98歳と紹介されている。
待てよ、いったい、今は何歳なんだ......。
もしかしたら100歳を超えているのかもしれない。

厨房にはおじいさんと、もう一人のおじいさんがいる。
2人の雰囲気から、おそらく息子ではないかと思った。
70代ぐらいだろう。
おじいさんが2人いるけど2人は親子だ。
100歳おじいさんが僕に水を運んでくれた。
それが全ての合図のように70歳おじいさんはラーメンを作り始めた。
僕の200円ラーメンを。

この価格は、おそらくずっとこの価格のままなのだろうと思った。
そこには「目玉商品」としての扱いも、経営上の作戦も何も見えなかった。
ただ単に、ずっと200円。
いつからなのかは分からない。
あの100歳おじいさんが店を始め、200円でラーメンを提供し始めて、
息子がその味を受け継いで200円。
その店主はまだ厨房に立っている。

キングカズはJ2でまだサッカーボールを蹴っている。ベイスターズの工藤は球団から戦力外通告を受けてトライアウトを受けようとしている。僕はそんな人達をカッコいいと思ってしまう。そんな人たちみたいに生きたいと思う。
引き際だとかなんとか最もらしいことをぬかして、伝説のままキレイな身の内に引退して次のステップに進む人間をカッコいいとは思わない。
活躍した世界から「お前は、もう使えないよ」と宣告されて、惨めな感じになってもやっている、それでも砂を掴んで歯を食いしばって、ダサい感じになってもやろうとしている、その姿勢がその状態が好きでたまらない。
結果じゃないんだよ。状態なんだ。いつだって人間は状態ってやつに惚れるんだよ。
僕はそれと同じものを、この満来に感じた。

ラーメンが運ばれてきた。
麺は伸びきっており、何ら特徴のないスープをすすった。
脂っ気のなく堅いチャーシュー、胡散臭いナルトを順番に口に運ぶ。
200円のラーメン。
はっきり言って不味い。
でも、そんなことはたいしてどうでも良かった。
気づいたら、スープまで飲み干していた。

店主が僕のテーブルに近づいてくる。
僕の食い終わったばかりのラーメンの器を手にして「へへ」と笑って厨房に戻る。
ヨタヨタと歩きながら厨房に戻る。
その後ろ姿がカッコ良すぎて、ゲロが出そうになった。