【定時制ダンク! ~女子バスケ編~】

第1クォーター

8月1日、土曜日、晴れ。
朝9時の電車に乗り込んだ僕は東京体育館へと向かった。
この『中央突破』と銘を打った突撃ルポを書くためである。
新宿で総武線に乗り換える。東京体育館のある千駄ヶ谷までは2駅だ。
到着するまでの間、話は少しだけそれる。
先月、10年ぶりぐらいに漫画『スラムダンク』を全巻読み返した。
鉄球で頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。すごく面白かったから。
そこで思い付いた。
「高校生のバスケを生で見たい」
インターネットで調べると、高校バスケの全国大会が7月29日から大阪で開催されるという。
「大阪か......」
躊躇した僕の目に「全国高等学校定時制通信制バスケットボール大会」の文字。
「なんだろう、これは......」
どうやら7月29日、同じ日から東京でもう一つ全国大会が開催されるという。
「定時制」「通信制」
その2単語で僕は理解した。
これまで考えたことはなかったし、考える機会もなかった。
でも、僕は知ることになる。

定時制や通信制はいわゆる普通の高校の大会に混ぜてもらえないという事実。

これは面白いかもしれない。
これはドラマがありそうだ。
8月1日は準決勝と決勝戦。
美味しくないわけがない。
そんな下衆な言葉を並べておく。
書き出そうと思えばもっと出てくる。
どれもこれも、その時の僕の本音。

総武線は代々木に着く。
あと一駅である。
ドキュメンタリー作家の森達也氏は言っていた。
「嘘のないドキュメンタリーは存在しない」と。
当然、「嘘」という言葉には「演出」や「やらせ」も含まれる。
事物や現象を作り手の見せたい構図に持ち込むこと。
それは、リアルをリアルのままに伝えたことにはならない。
だから、「結局はドキュメンタリーも主観的な作品にすぎない」と。
全くその通りだ。
「こう持って行きたい」「この構図で」という意図のないものが予算を組んだ企画として動き出すわけがない。
『中央突破』に予算はない。しかし、構図はあった。
今回、僕が持ち込みたいと思った構図。
ここまで書いたのでこれを先に書いておきたい。先にバラしておきたい。

「定時制や通信制の高校生にだって、
フツーの高校と変わらない同じ青春がある」

ここに話のオチを持っていくことが最初から僕の頭の中にあった。
そこに沿っていくようにルポを書こうと思った。
この時点でルポはすでに完成と言って良かった。
試合をこの目で見るまでは。

総武線が千駄ヶ谷駅に着いた。
降りたのは数年ぶりだ。母校のラグビー観戦以来。
蝉の大合唱が、四方八方から僕の耳をふさいだ。
今日から8月なんだな。

第2クォーター

東京体育館に初めて入った。
驚くほどあっさり入れたことに驚く。
無料である。
第一試合は10時からだ。
今の内に勝ち進んでいるチームを調べておこうと思い、
トーナメント表を見上げた。
あみだくじのように赤い線に導かれ、男子女子共に4チームが準決勝に駒を進めていた。

<男子>
兵庫のN高校
北海道のK高校
大阪のF高校
神奈川のS高校

<女子>
奈良のT高校、
福島のK高校
神奈川のY高校
兵庫のN高校

イニシャルにさせてもらうが、
男子女子共に兵庫は同じNという高校が準決勝に駒を進めていることに気づく。
バスケの名門校だろうか......。
何も知らないのでそんな推測しかできない。
少なからず下調べをしてから来れば良かった。

ここで、あることに気づいた。
僕の中に構図はある。
このルポをこうゆう決着に持って行きたいというビジョンはある。
しかし、漠然と並べられたこの8つのチームのどこに、どの高校に僕は視点を見つければ良いのかということだ。
定時制バスケ全国大会の総評という形で書けなくもない。
書けなくもないが、それはたいそう味気ないような気がした。

解決策は何も見いだせぬまま、メインアリーナに駆け上がった。

高校の体育館がそっくり10個は入りそうなだだっ広さに眩暈がしそうになる。
そのメインアリーナを何万という客席が取り囲んでいた。
試合はあと10分で始まろうとしているのに、客席に人はほとんどいない。
選手の家族らしき人が本当に数人だけだ。
男子の神奈川S高校を除けば、母校の応援団などは皆無であった。
(この時、このS高校が常勝名門校であることを悟った)
そんな客席に、僕が一人座っている光景を想像してみてほしい。
難なく最前列を陣取れてしまう。贅沢と言えば贅沢だ。

おそらく世間からはこれっぽっちも興味を持たれていない全国大会の準決勝戦が行われようとしている。
メインアリーナを2面同時使用しているため、準決勝が同時に2試合行われる。
女子の2試合だ。
理由はとくにない。本当になかった。女子が可愛い方を選んだとかもない。
本当になんとなくだ。
スポーツのルポなんてやったこともないので、
一応ノートを取り出してはみたものの何をメモすればいいのかよく分からない。
とりあえず、「兵庫のN高校」の女子バスケ部員に目を転ずる。
男子も女子も準決勝に進出するぐらいなのだから名門校かもしれないと
踏んでいた。
さぞかし真面目なのかと。

部員の髪型が「金色」「青色」「茶色」「茶色」「茶色」

すごいことになっていた。
「まずい」と思った。
僕の描いていた構図から、はみ出そうとしている。
すでにフツーの高校の全国大会とは違った様相を呈し始めている。
そこに「同じ青春」があるのかどうか甚だ心配になってきた。
しかし、いざとなれば多少の嘘で塗り固めればいい。
青色に染めた髪の女の子なんていなかったことにすれば良いのだから。

そしてもう一つのことに気づいた。
どれだけ目を凝らしてN高校のベンチを見てもバスケ部員が5人しかいない。
全員ユニフォームを着ている。
ついに6人目の選手らしき女子は見当たらなかった。
5人しかいないのだ。
ウォームアップが続いている。
みんな上手い。
そりゃそうだろう。
5人しかいなくとも、髪の色がすごいことになっていようとも、
これは全国大会の準決勝戦なのだ。
5人の選手はいずれも身長が高いわけではないが高い確率でシュートを決める。

「定時制高校」

僕は正直イメージしかない。
そこに通ったことがないから、イメージでしか思い描くことができない。
練習はいつも5人だけでやっていたんだろうか。
何時頃の体育館を使っていたんだろうか。
練習の帰りにどこへ行って駄弁ったりしたんだろうか。
どれも僕には分からない。

 


試合が始まった。
青髪で「4」の背番号を付けたあの選手こそが、チームのエースであることはすぐに分かった。色んな体勢からバンバンシュートを決めた。ドリブルによる突破力も頭一つ抜きんでているような気がした。
しかし、神奈川のY高校も負けてはいない。
取られては取り、取っては取り返す。
いわゆる接戦としてゲームが動き出した。
僕はルポであることを忘れ、試合に集中し始めた。
その時であった。
反対側の客席に、田舎のヤンキーのようなチャラチャラした男たちが現れた。
ボクサー辰吉丈一郎のような襟足の長い金髪の男がひときわ目立っていた。
すると、彼らはN高校を応援し始めた。
すぐに合点がいった。
N高校の生徒たちであろう。
同級生の女の子たちを応援しに東京までやってきたのだ。
間もなくして、その男たちが盛り上がり始めた。

「フーッ! フーッ! フーッ! FU--------ッ!!!!!!」

男の一人がパラパラのようなダンスを踊り始め、他の男につっ込まれてやめた。
爆笑だった。
僕が。
反対側にいた僕は笑いをこらえるのに必死だった。
本当のバカがいる。
そう思った。
スラムダンクで言えば「桜木軍団」。
そんな4文字が頭に浮かんだせいかもしれない。

女子たちは試合に集中しているのか(当たり前だ)、
そんな男たちの声援には応えたりしなかった。

試合はエース青髪の活躍もあって「64対61」という3点リードで前半戦を終了した。
10分間の休憩。
ようやく僕もそこで一息付くことができた。
試合経過は一応ノートを取りながら見ていたが、
ノートに書かれた文字が汚すぎて読みとれない。
どうしたものか。
中学時代バスケ部だった僕はバスケの試合だけを見るために体育館に行ったことなど一度もなかった。先輩の試合や同級生の試合を、いつもベンチから見ていた。だから、こうして完全に一観客としてバスケを見ること自体が初めてであることに気づく。

後半戦が始まった。
両チームに疲れが出てきたのか、凡ミスが目立つようになった。
どちらかのチームに肩入れして見ることはないだろうと思っていたが、
知らぬ間に僕は完全にN高校を応援していた。
かろうじて読み取れるノートの数字で点数経過を追ってみたい。

残り3:54  「66対65」 1点のリード
残り1:44  「71対69」 2点のリード

序盤からの接戦は残り2分を切っても続いていた。
見ていて面白くないわけがなかった。

『スラムダンク』を読んで「こんな都合の良い接戦なんてあるものか!」とツッコミたい自分がいた。しかし、あの時の自分を恥じる。今、目の前で繰り広げられているのは紛れもない接戦。それは、あの漫画からそのまま飛び出してきたような緊張感に包まれていた。
いや、おそらく逆だ。こういった試合こそが漫画に吸い込まれたのだ。

残り0:53  「71対72」 1点のリードを奪われた

ここでN高校がタイムを取った。
1点をリードされたところでのタイム。
ベンチの監督らしき先生はまだ冷静さを持っていた。 
反対側の客席を見ると、さっきまでいた男たちの姿がなかった。
なんて薄情な奴らだ。
自分たちが飽きたらそれでもういいのか。
ならば僕が応援する。
N高校が勝てるように僕が応援する。
はっきり言って、ルポなんてもはやどーでも良くなっていた。

試合が再開した。

Y高校の選手の2点シュートが決まった。差が3点に開く。

残り0:45  「71対74」 3点のリードを奪われた

次の瞬間であった。
審判が笛を吹いた。
Y高校の選手たちが一斉に喜んだ。
なんだ、なんだ!
どうゆうことだ?!

青髪のファウルだった。

しかし、それはただのファウルじゃない。
累積による5ファウル。
それはつまり「退場」を意味した。
それと同時に、替えの選手がいないN高校が「4人」になることを意味していた。
エースを失ったN高校。
しかも4人。

6番の3ポイントシュートしかないと思った。
シューターの彼女は、今日何本も3ポイントシュートを決めていた。
彼女に回してくれ!
頼むからボールを彼女に!

しかし、相手のシュートが立て続けに2本入った。

残り0:30  「71対78」 

点差は一気に7点まで開いた。
N高校のベンチを見る。
青髪は俯いていた。
汗なのか涙なのか、彼女の顔からポツポツと液体が床に落ちる。

安西先生の言葉を思い出す。

「あきらめたら、そこで試合終了ですよ」

彼女たちは読んでいるだろうか『スラムダンク』を。

焦ったN高校の7番がファウルチャージ。
相手は2本のフリースローを手に入れてしまう。
残り10秒。

Y高校の4番は1本目のフリースローを外した。

「大丈夫、大丈夫! 私は今まで何本もフリースローを練習してきたの!」

彼女ははっきりとそう言った。客席にいた僕まで聞こえる声で。

そして、2本目のフリースローを決めた。

「71対79」

審判のホイッスルが鳴る。

試合が終わった。

4人になったN高校は、コートの中で天井を見上げた。
エースの青髪もベンチで天井を見上げた。
僕はそんな彼女たちを見ていた。
呼吸するのを忘れて見入っている自分に気づく。
手は汗ばみ、ノートはくしゃくしゃになっている。

後悔していた。
こんなのをルポの題材に選ばなければ良かったという後悔だ。
何を書いたらいいんだろう。
僕は彼女たちの何を書いたらいいだろうか。
僕の思い描いていた構図に彼女たちはいなかった。
いや、僕は用意していた安易な構図に彼女たちを当てはめたくないと思い始めていた。
構図の外。
彼女たちは別の所にいる。

僕は呼吸を取り戻し、しばし呆然とN高校のベンチを見ていた。
すると、隣のコートではもう男子の準決勝戦が始まろうとしていた。
自分の目を疑った。

......奴らだった。

さっきまで反対側の客席でN高校を応援していたヤンキーたち。
「FU------ッ!!!」とか言ってた奴ら。
彼らこそが、準決勝に進出した「N高校男子バスケ部」だったのだ。

僕は焦るように荷物をまとめて、広い客席を走った。
N高校を応援したい。奴らを応援したい。
N高校としてのリベンジ。女子の仇。勝手にそう思った。
そう思って広いアリーナの客席を走っていたのは僕だけだった。
途中、N高校の5番を付けた女子選手とすれ違った。
その時の彼女の表情については何も書くまい。
僕は尚も走った。
どこかの高校のバスケ部員を追い越した。
「N高校って、男子の7番がすごいんだよ」
そんな言葉が風のように耳を抜けた。

8月1日、土曜日、晴れ。東京体育館。

この後、僕は一つの奇跡を見る。