【定時制ダンク! ~男子バスケ編~】

第1クォーター

小生のことで申し訳ないが、先月からバスケットボールを始めた。
読み返した『スラムダンク』の影響である。
ボールを購入して、近所にあるバスケットゴールに向かって独りシュート練習をする程度だ。それでも楽しいと感じている。
あんな輪っかにボールを入れるだけなのに。
誤解を恐れずに言えば、バスケはそれだけのスポーツだ。
サッカーだって、ボールを蹴って相手のゴールに入れるだけのスポーツ。
野球だって、ボールを投げてそれを打つだけのスポーツ。
相撲に至っては説明不要だ。
シンプルだと思う。
スポーツの持つそのシンプルさが羨ましくなる時がある。
そこに従事する人たちの明快さが眩しい時がある。


その日、僕は息つく暇もなく、ぶっ続けで2試合目の観戦に突入していた。
男子の準決勝戦。

「兵庫のN高校VS北海道のK高校」である。

同じくN高校の女子の一戦を見てから、僕はN高校が気になり始めていた。

「N高校って、男子の7番がすごいんだよ」

さっき、見知らぬ高校生がつぶやいたその一言が妙に耳に残っていた。
目は自然とN高校の7番を追ってしまう。
そこで、僕は女子チームとのある符合に気づいた。

「5人しかいない」

僕はそう声に出していたかもしれない。
事実5人しかいなかった。
彼らもまた5人。

隣のコートではもう一つの男子準決勝戦が行われていた。

「大阪のF高校VS神奈川のS高校」である。

N高校の5人に比べて、神奈川S高校の部員の多さったらありゃしない。
これが本当の名門校なのだろう。
ベンチには同じユニフォームを着た選手がずらりと10人以上待機している。
みんな短い坊主頭。
客席にはベンチ入りできなかった選手たちが30人ぐらい応援団として声を張り上げていた。スラムダンクの山王高校を思い出した。

このルポにおける青写真と構図の再構築。
僕は無意識にこれを始めていた。
すぐにできあがった。
こうである。

「たった5人しかないN高校がK高校を破り決勝に進出。
そして、決勝戦で名門・神奈川S高校と対戦。辛くも勝利!」

夢のような展開だと自分で思った。

スラムダンクの最終回については賛否両論あるだろうが、僕はあの終り方がベストだったと思っている。2回戦で山王高校を倒して3回戦であっさりと敗退。
そこでひとまず湘北の夏が終わる。
しかし、ドラマはまだ続いている。
花道も流川もまだ1年生のままなのだ。
そうである限り僕らは夢を見続けることができる。

夢のような展開は本当に夢かもしれなかった。
前半戦の第1クウォーターを終えて「17対30」。
10点差以上のビハインドを強いられていた。
N高校のヤンキーぶりもさることながら、相手の北海道K高校も強烈だった。
メッシュヘアーやアッシュヘアーのロン毛がわんさかいる。
まるで渋谷のセンター街。
すぐにでもホストクラブを開けるかもしれなかった。
しかし、これはヤンキーとホストの草バスケではない。
何度も言うが、全国大会の準決勝戦なのである。

ふと思い出す。
このルポのタイトルを「定時制ダンク!」にしたいと思っていたことを。
しかし、誰一人としてダンクシュートを決める気配はなかった。
というよりも、決められる気配がなかった。
そんな身長の人間は皆無。
改めてそんなことにも気づいた。


第2クウォーターが始まる。
目は7番を追いかけていた。
チームで一番小柄な彼がゲームメーカーであり、点取り屋だった。
マスクも甘い。
チームリーダーであることも分かった。
そんな彼にボールが集まりだした。
彼はそれを驚くべき確率で全て入れていった。

5分が経過した頃には「34対36」。
怒涛の追い上げ。
あっという間に2点差まで迫っていた。

尚も7番の快進撃が止まらない。
3ポイントシュートラインより3歩も後ろからシュートを放つ。
それが入ってしまうのだ。
どよめいた。
僕が。
僕は独りでどよめいた。
彼はいわゆる普通の高校のバスケ強豪校に入っていたとしても通用する選手だったのではないか。そんな可能性を考えてしまった。彼の笑顔は柔らかい。
それに比べ、一番ヤンキー度の高い5番を付けた金髪丈一郎ヘアーの動きのノロさ。おそらく6人目の選手がいれば、彼はベンチだと思った。

7番の大活躍に、相手のK高校が堪らずタイムを取った。

N高校のベンチを見ていた。
5人のバスケ部員たちはとにかく笑っている。
笑顔とノリ。
半端ないハイタッチの量。
完全にフザけていた。
全員が真剣にフザけていた。
その起点にいたのは5番だった。
あの金髪丈一郎である。
彼が意味不明な大声を発し、他の4人が笑って「よっしゃー!!!」みたいな。
まさに不良がスポーツに打ち込む漫画を見ているような気分になる。


彼らは5人でここまでやってきたんだということ。
この全国大会までやってきた。おそらくこの5人だけで。
その根底に流れる豊かさと価値に僕は圧倒され始めていた。

タイムが終わり試合は再開された。

お互いに点を取り合い「38対38」。
ついに同点になった。

そして、N高校がわずかに突き放して、前半戦が終了した。

「42対41」

N高校が1点のリード。
さっき描いた青写真への期待が高まる。

休憩中のN高校は、学校の昼休みのような雰囲気に包まれていた。
ムードメーカーの5番はバスケットボールを指の上でクルクル回転させて曲芸のようなマネを始めた。それを引率の先生に止められている。
若い男の先生と女の先生が、きっと顧問なのだろう。
5人の生徒たちを甲斐甲斐しく世話している。
マネージャーも後輩もいない彼らにとって、
その代わりはあの2人の先生なのだろう。
5人の選手と2人の先生。
あと、なぜか私服を着た友人らしき人間がベンチにいた。彼らは8人しかない。
けれど、充分過ぎる豊かさがあった。

 


僕はフルタ丸という劇団を初めて7年になる。
すべての仕事がなくなったとしても劇団さえあればそれでいい。
それは理屈じゃない。
いや、正確に言えば「理屈ではなかった」。
長く続ければ続けるほど、どうしても理屈がちになって来た。
劇団という集団に対する姿勢が理屈的になることが増えてきた。
足場をがっちりと組んだピラミッドの頂に劇団を置いてきた。
しかし、そんな理屈なんてものは本当に無用以外の何物でもない。
頂きに通じるのは、たった一本の線でいいはずだ。

今、目の前で楽しそうにしているN高校の5人は
理屈からずいぶん遠い所にいる。
彼らのバスケは、彼らのチームは、何一つとして理屈に縛られていない。


後半戦が始まった。

7番の動きはもう誰にも止められなくなっていた。
後半に入りさらにスピードが増したように思えた。
彼の活躍で点差がどんどん開き始める。

「54対47」

「62対52」


「68対54」

「70対56」

後半戦の第1クォーターが終わる頃には14点という大差にまで広がっていた。

もう誰もがN高校の勝利を確信した。
選手たちも先生たちも、僕も。
これで女子チームの悔しさを晴らすことができる。
客席の最前列で、N高校の女子たちが応援しているのを見てホッとした。

後半戦の第2クォーターが始まる。
あと10分。それで勝負が決する。

しかし、ここに来て、K高校の10番、永遠のナンバー2ホストみたいな顔をした男の3ポイントシュートが決まり出した。
しかし大丈夫だ。
点差は十分にある。

「74対65」

「82対65」

「84対74」

点差は......

「86対81」

ない?!

残り2分30秒を迎えた時、あれほどあった点差が5点にまで縮まっていた。
最悪のシナリオが頭に浮かぶ。

いや、大丈夫だ!
ここまで来たんだ!
逆転負けはない!

N高校のエース7番がジャンプシュートを放った。
そうだ、こっちには絶対的なエースがいる。
そのジャンプシュートが外れた。
外れたと同時に相手選手と接触。
空中接触。
7番はフロアーに叩きつけられるようにして転んだ。

うずくまったまま動けない。

試合が止まる。

2人の先生に抱き抱えられるようにして7番がベンチに連れていかれる。

目の前で起きていることが俄かには信じられなかった。

しかし、ゲームは止まらない。
女子の時と同様、替えの選手は一人もいないのだ。
4人だけ。
ベンチに下がった7番は攣った足を懸命に伸ばしてもらう。
7番の苦痛に歪んだ顔。

終了間際にエース不在となったN高校。
4人だけのチーム。

それはどこかで見たことがある展開だった。
女子チームの時と全く同じ展開。
まるで平行世界がそのままスライドしてやって来たみたいに。
そんな奇跡は要らなかった。

残り1分22秒、「86対83」。
点差がわずか3点になった。

残り1分02秒、「88対88」。
ついに並んだ。

7番はまだ戻れない。
足は相当重症のようだ。

1分という時間がこんなに長いとも、こんなにドラマが起きるとも、
そんなふうに思ったことは僕の人生においてなかったと思う。
1シーン、1シーンがまるで絵葉書のようにくっきりと流れていった。

残り0分38秒、「88対90」。
優勢になってから初めてのリードを奪われた。
2点差。

7番が足を引きずりながらコートに戻った。
足は完治していない。
結局、足は攣ったままだ。
しかし、4人は7番にボールを回す。
7番が決めて勝って来たチームだった。
けれど、7番は動けない。
足が思い通りに動いてはくれない。

K高校にボールが取られた。
そのまま、永遠のナンバー2ホストが華麗なレイアップシュートを決めた。

ホイッスルが鳴る。

「88対92」

まさかの逆転負け。

僕は目を閉じた。
「どんだけ感情移入して見てんだよ」
そう、自分にツッコミが入る。
朝ふらっと来て、数時間前に会っただけの奴らじゃないか。
どうして僕までこんなに悔しいんだろう。
僕とは何にも関係がないはずだ。
お前らの高校のことなんて何にも知らないし、そもそもお前らのような学校の全国大会をネタにルポをこさえようと思って来たに過ぎない。

試合は終わった。
7番のエースがコートの上で動けなくなっていた。
足の痛みか、それとも負けたことの悔しさか。
それに気づいた4人の仲間たちが一斉にエースの元に近付いて行く。
全員がエースの背中をパン、パンと叩いた。
温かく、優しく。
もう何百回、何千回とそうしてきたのだと思う。
いや、いつもはそれをするのはエースの役目だったのかもしれない。
エースは初めて背中を叩かれたのかもしれない。
全部憶測だけれど。

エースが顔を上げた。
笑っているようにも泣いているようにも見えた。
すると、4人は騎馬戦のようにエースを担いでベンチに戻り始めた。

そこで、僕はわっと泣いた。

第2クォーター

まとめ方がわからない。
まとめようもない。
まとめたくもない。

僕は彼らの3位表彰式を見届けてから東京体育館を出た。

本当の青春は「青春」という都合のイイ2文字では要約できない。
そして、構図という理屈なんかでは永遠に捉えることもできない。

 

中央突破、失敗。