07/01 前篇 『展示即売会のオンナ』

 

まずは、何よりも優先して、自己紹介をしなくちゃならない。

 

この『歩行』で、連載をすることになった、フルタジュンです。

 

ふだんは、演劇を創ったり、ラジオの仕事をしたり。

 

そんな、どうしようもない僕が、端っこからではなく、真ん中から攻めたいという、自分のどうしようもなさを1パーセントでも覆したいという祈りを込めて、この駄文を『中央突破』と呼ぶことになりました。

 

では、中央突破、始めます。

 

僕が、その存在を知ったのは、確か、大学生の頃でした。大学の講義さえ終われば、あとは果てしない自由時間が待っているだけという赤ん坊の次に暇な大学生。悪友たちと街を闊歩する日もあれば、一人小難しい映画でも見てエラソーなことをうそぶきたい夜もある。いずれにせよ、杉並区の103号室には直帰せずに、街に出た。その街で出会ったのが最初だと記憶している。
冬の寒い頃だった。ジャンパーを着た女の子が街頭に立ち、チラシを配っていた。僕は、受け取らなかったが、その子の声は雑踏にもめげず、この近くで絵画の展示即売会を催しているということを知らせた。きっと、街で見かけたことがあると思う。そう、絵画の絵ハガキみたいなチラシを持った、あの女の子だ。教え込まれた笑顔と猫なで声。

「この近くに、ギャラリーあるんですよぉー。よかったら、見て行きませんかー。」

ほとんどの人は、立ち止まらないし、チラシさえも受け取らない。
多くの人は、分かっているのだ。
そのギャラリーで待っているあやしさも面倒くささも。
僕も分かっていた。

でも、僕は、僕が、本当に興味があったのは、そこで働くあの女の子たちの日常だ。どんなことを考えて、どんな恋をして生きているんだろうっていう。そうゆうすごく当たり前のこと。それを考え出したら、とまらなくなった。ということは、僕は、そこに、中央突破すべきものを見つけたのである。

 

3月の日曜日。
夕刻、僕はとある街にいた。もちろん、そのギャラリーで、女の子に接客を受けるためだ。桜が咲くかと思われた暖かさはどこかへ行ってしまい、冬のような寒さが、その街全体を包んでいた。
そのギャラリーの側まで歩いていくと、お目当てのジャンパーを着た女の子は、街角に立って、チラシを配っていた。
僕は、すぐには近づかず、しばらく遠くから見ていた。案の定、道行く人は、誰も受け取っておらず、女の子の声だけがむなしく響いていた。
僕は、なるべく自然な顔で接近して、わざとらしくチラシを受け取っては、立ち止まった。

「絵画とか、興味あるんですかぁー」

女の子が、僕に向かってそう言った。

「少しある」

そう言ったかと思うと、二言目には

「どうぞ」

だった。
こうして、僕はギャラリーへと案内された。
女の子にしてみれば、案内したくてしたくてたまらないのだから、僕みたいなやつは、完全にカモかバカである。

その女の子の胸には、名札があり、Kさんという名前であることが分かった。
Kさんは、20代前半といった感じで、なぜか終始ニコニコして、とても不気味だ。

地下へと降りて行き、受付に到着すると、来場者は名前と住所と電話番号を書くようにと言われた。僕の目の前には、何人かが書いた名前が並んでいた。それが、サクラか、どうか分からないけど、並んでいた。ほとんどが、男性。

僕は、「名前は書きたくない」と言うと、「お願いしているんですよぉ」と、版で押したように、同じことを何度も言ってくる。僕も負けじと「書きたくないんだ」と応戦。
しかし、最終的には、負けてしまった。
僕は、ぶつくさ言いながらも、名前と住所と電話番号を書いた。もちろん、すべて、デタラメだ。

Kさんは、「第一関門クリアー!」という笑みをたたえて、僕を絵画ワールドへ連れ出した。

絵画を前にして、僕は、急にオシッコがしたくなった。僕は、本屋・図書館・TSUTAYAに行くと、必ずオシッコがしたくなる習性がある。
それを、Kさんに訴えたが、Kさんは、「もれもれですかぁ」と意味不明な返答で、僕をトイレに案内することはなかった。「……じゃあ、我慢します」と言わざるをえない。
Kさんは、僕の主導権を握っているかのように、またしても微笑んだ。

ギャラリー内は広く、僕のほかに、2人のお客さんがそれぞれの女の子に接客を受けていた。
ギャラリーに並ぶ絵は、シルクスクリーンとかいう、シルクの版画みたいな技法で創る絵だった。ほとんどが風景画だったけれど、中には、いくつか人物画もあった。そして、その絵画の値札には、100万円や120万円といった破格の値段が付いていた。
僕は、絵の価値などよく知らないけど、自分が100万円という対価で、この絵がほしいかと問われれば、100パーセント、NO。 考えるまでもない。ローンを組むとか組まないとか、そうゆう問題ではない。街を歩いていて、ふらっと入ったギャラリーで、突然、100万円の絵画を買うということが想像できなかった。

ここから、Kさんの応酬が始まった。

「見ていただいた中で、気に入られた絵ってありましたぁ?」

僕は、適当に目に付いた絵を指差した。
すると、Kさんは、顔を曇らせて、

「...その絵以外だと、どれがいいですかぁ?」と言った。

僕は、一瞬意味が分からないと思いつつも、「この絵がイイ」と繰り返した。

Kさんの顔がこわばった。

きっと、僕は何かKさんにとって都合が悪い絵を選んでしまったのだと思ったのだ。
Kさんの戸惑う様子はそんな感じに見えたから。

ここだと思った。
ここは押すべきだ。

「この絵がイイですね」僕は、繰り返し、そう言った。
そんな応戦がしばらく続き、最終的に、Kさんが折れるという形で、僕が押し切った。
何に勝ったのか分からないけど、勝ったような気がした。

「この絵ですね」

その言葉を発したKさん。
あんなに困った顔をしていたはずなのに、困惑さはさっぱり消えていた。
むしろ、どこか涼しげだ。

その応戦が、そのやりとりこそが、Kさんの罠だったことに気付いたのは、その後のことである。

 

07/15 後編 『Kさんのカレシへ』

Kさんは、その大きな絵を持って、壁に掛けた。

「正直、これを選ばれると思いませんでした。この絵は、本来売り物ではないのですよ」

やられた。

「この絵のどこが、そんなに気に入られたのですか」

僕は、もう逃げられなくなっていた。
なぜなら、僕は、さんざん、この絵がイイと言ってしまったからだ。

「なんとなく山の雰囲気とか……、雲の感じとか……」などど、あいまいに答えている内に、Kさんは、その絵に当てていた照明をゆっくりと落とした。
すると、みるみる内に、絵の表情が変わった。

「どうですかぁ、すごくないですか。これはですね、それぞれのシルクで押された色が、光を吸収するんですよぉ」

それは、確かにキレイだった。

こんな絵が、僕の部屋にあったらなぁ。

……ない話じゃないかも。

いかん! ダメだ! 目を覚ませ、自分!

僕は、どうしたら、Kさんのペースを崩せるか、そればかりを頭の中に反芻させた。

「こんな絵がお部屋にあったら、いいなぁって思いませんかぁ」
「絵というのは出会いなんですよぉ」
「ローン払いもあるんですよぉ」
「ふだん、どんなことにお金を使ってらっしゃるんですかぁ」

Kさんは、矢継ぎ早に質問を浴びせかけて来た。
おそらく、僕がひるんだことに気付いているのだ。

僕は、最後の質問に飛びつくことにした。

「ふだん、どんなことにお金を使ってらっしゃるんですかぁ」

「麻薬ですね」

Kさんの顔から笑みが消えて、ぴたりと凍った。
僕は、ひるむことなく真剣な顔で「ドラッグとか麻薬にお金を使います」と嘘を付いた。
Kさんは、冗談として受け止め、次の話題に移るのか。
Kさん、どうするんだい?

僕は小声で付け足した。

「Kさんは、麻薬とかやらないんですか?」

「……わたしは、やりません。……麻薬はいくらぐらいするんですか?」

困った。
知らない。
タバコも吸わないような僕が、蚊取り線香のケムリに咳き込む僕が、麻薬の相場を知るはずがなかった。

「……ま、量でも変わってくるんですけど、……2万から3万ぐらいですよ」

そんな感じで答えると、Kさんは「ふーん」という顔をした。
ここだと思った。
僕は、ここに絵画のレクチャーを受けに来たわけではない。
ここで働く女の子の日常を、知りたかったのだ。
そんな自分の初心を思い出し、突然、全然、関係のない質問をすることにした。

「合コンとか行くんですか」

「えっ……。合コンですかー、行かないです。カレシいるし」

Kさんには、カレシがいた。
僕は、そのカレシについて、いくつか質問をした。
そのカレシとの出会いについて、そのカレシとのデートについて、そうゆう普通のことを聞いた。すると、ここに記すべき必要もないような、ごく普通な答えが返ってきた。

僕は、想った。
カレシは、Kさんの仕事を知っているのだろうかということを。
そこで、僕は、もう一度考える。Kさんの仕事とはなんだろう。
これは、おそらく、商法に引っ掛かる犯罪行為ではない。ただ、絵画が高額で、ローンを組むと、返済金額が増えていくだけだ。Kさんは、自分でも絵画を2枚持っていると言ったが、おそらく、嘘だった。Kさんの一人暮らしの間取りも聞いたが、1ルームで、こんなどでかい絵を2枚も持っているはずがない。
Kさんは、街を歩く男を捕まえて、自尊心を刺激しながら、絵画を買わせるのが仕事。きっと、それだけだ。

そう思うと、不思議とそれでいいような気がした。

聞いてしまったカレシの存在かもしれなかった。
カレシだなんて単語を聞いてしまったせいで、僕の頭の中は、なぜかKさんを否定するのをやめようと思い始めていた。

じゃあ、もしも、Kさんが僕の彼女だとしたら、僕は、Kさんのしている仕事についてどんなことを思い、どんなことを言うだろうか。それでも好きになれるか。好きでいられるか。Kさんは、このギャラリーを出れば、一つも嘘を付かないような、女性なのか。料理は上手だろうか。洗濯はちゃんと丁寧に畳むのだろうか。家族を大切にするだろうか。友達がいて、先輩や後輩がいて、人の優しさに涙したこともあるだろうか。

そんな、Kさんのとめどもない可能性を思った。

Kさんが、ふだん、どんな人なのかは、僕にはわからない。
けれど、そのすべての可能性が、普通にありえそうな気もした。

Kさんは、恐る恐る、僕に「今、あなたは、本当に、麻薬を持っているんですか?」と聞いた。

「持ってないよ。嘘を付いたんだ」

Kさんは、とても複雑な顔をしていた。
その顔を見ていたら、僕は、なんか、つらくなった。
何かを否定してしまった気がした。

そう、きっと、僕は、Kさんが働いていること自体の何かを、「バカにする」という方法で、否定してしまった。

僕は、いたたまれない気持ちになり、「帰ります」と言って、ギャラリーを出た。

街は、すっかり暗くなっていた。
街をトボトボ歩きながら、くだらない嘘を付いてしまったことを悔やんだ。
Kさんが僕についた嘘についても考えた。

僕もKさんも嘘を付いた。

Kさんのカレシは、嘘を付く人だろうか。
Kさんのカレシだけは、嘘を付かない人であってほしいとなんか思った。

僕のどうしようもなさが、また1パーセント増えてしまった夜。