新春特別編・山内君に惚れた人々のために 「スターの結婚式」

山内翔君が結婚を決めた。

 

僕らのように彼を慕う人間にとっては一大事だ。

僕らというのは、僕(五十嵐)、加茂君、幡野君、千三屋(web歩行編集長)である。

僕らは山内君と結成したバンド「サボテン」の練習で、夜な夜な御茶ノ水の音楽スタジオに入っていた。 いつも深夜0時から朝5時までのコースだったせいか、スタジオは空いていた。 深夜1時を酔いのピークに、酒に溺れながら練習をする。

 

山内君の回りには「僕ら」以外にも幾つもの取り巻きが存在する。

山内君が参加していた野球チーム、現在の職場、家族、親類、劇団、バンドetc、総勢200名弱の人数が、福島県南会津郡只見町の温泉「ゆらり」に集まった。

 

そういえば山内君が東京を離れる送別会でも50名くらい集まっていた。

 

なんという人望!

言わばスターである。

各々が各々の山内像を描けば、その期待に応え、皆が熱い信頼を寄せている男。

山内翔。

 

翔(ショウ)という名の通り、それは盛大なshowだった。

スターは、舞台上で四つん這いにされ、同僚に鞭で打たれた。

いまだかつて、こんな披露宴があっただろうか?

 

スターの中学時代の恩師が、懐かしい思い出を語った。

師いわく、

 

「翔君は、とても印象深い生徒で、僕が転任する前夜、わざわざ私のアパートに泊まりにきて「先生朝まで語りましょう」と言ってくれた、ただ一人の生徒です。

感激しました。

ただ、翔君はテーブルの上を見つめて、「何か足りないんじゃないですか?」と言いました。何のことかよくわからなかったのですが、別れにはお酒というイメージがあったのでしょうか。ビールを出しました。

すると翔君は「ここは只見町だよ」と返してきました。

今度、私は日本酒を差し出しました。

すると翔君は「先生……」とだけ呟き、首を振りました。

 戸棚からウィスキーを出して、ようやく翔君はニコリとほほえんでくれました。  

 その後、私の方が先に眠ってしまったので、後のことはよくわかりません――」

 

こんな中学生いるのだろうか。

これがスターなのだろうか。

きっとそうだろう。

吹雪の中の結婚式(2012.12.9)のことだった。

<2012.1.10>

8/20 山内君に惚れた人々のために 序

このお方にはファンが多い。どこから書き始めたらいいかわからないくらいだ。山内君を知る共通の知人はいるがみんな彼のファンと言っても過言ではないかもしれない。ファンの1人・歩行編集長たっての願いを受け、畏怖の念を払って数回に渡り書かせていただく。自分の中ではご神木をぶった切るようなタブ-に近い感覚だ。何故、自分の中にこれほど書きたくないと思うのか。私の中にある山内○に対して絶対にこのお方には勝てないという絶望感と嫉妬心が邪魔をしているかもしれない。
しかし男・五十嵐、編集長のオーダーに応えないわけにはいかない。
この記事を読みうる山内君のご両親、妹君等に言えないエピソードが出てくる可能性を考慮し名前を伏せさせることをお許しください。
山○翔、○内翔、多くの友人達は彼をヤマショーと呼ぶ。

高校1年の時、同じクラスになり彼と出会ったのだがあまり話をした記憶がない。当時、俺(回想するので俺に戻ります)は極度の対人恐怖症かつ笑いに飢えていた。笑いこそが救いで、面白いかどうかで交流するかを決めるという種の人間だった。つまり当時の山内君は俺の価値基準から外れていた。
まさかこんな長く交流が続くとは思わなかった。
卒業アルバムを見ると豊満な体にモジャモジャの毛をしている。それを本人が見て呟いた。
「俺、金正日に似てんなー」
何故、俺は金正日似の人物に関心を示さなかったのだろうか悔やまれる。
つづく。

 

8/22 山内君に惚れた人々のために1 「はちきれんばかりの男子校時代」

前回までのあらすじ
高校1年のクラスで山内君と出会う。

 

高校は男子校で、そのことに俺は絶望した。隣の席のヒバゴン似の小川君に対し「かわいい女の子になれかわいい女の子になれ」と俺は毎日祈ったが、それが現実として叶うことはなかった。
高等学校に入り生まれて初めて名前順の出席番号を経験する。
2番だ。
1月生まれの俺がこんなに早い番号でいいのかと涙があふれた。過疎化の山村に育った中学時代までは出席番号といえば生年月日順で、この衝撃を今でも忘れはしない。
あ行の五十嵐とや行の山内は対極の席にあり、それは2人の関係を物語っていた。サッカー部に入るも、友達もできず夏休みで辞め、それからすることもなく勉強をしていた俺の中でお笑いをしたいという願望が大きくなった。
演劇部に入るか迷っていた時に現れたのが、クラスメートの武藤、そして噂のY君だ。
何故かそこに居座ることになり今の自分があるわけだが、大竹というタラコ唇の男に突然
「ごさっぺね」
とあだ名をつけられ、この部活は何なのだと憤りを感じる。
次に入部した人間は必ず「ごさっぺ」と呼ぶと決まっていたらしい。
大竹は抜群のセンスの悪さから「残念な大竹」として扱われていた。
大竹はのちに生徒会に入り会計になるのだが、全校生徒に馬鹿にされていた。大竹君がこの記事を読んでいたら、「今の話は嘘です。君は天才だ」と言いたい。
そんな中、山内君と大木凡人似の束原君・通称ツッチーだけは悪口も陰口も言わなかった。心やさしい金正日と大木凡人のペアだ。
山内君の凄いところは今も変わらずだが、ほとんど他人の悪口を言わないのだ。
すごい!
それと逆に当時の俺は志村けん死亡説が流行したのを利用し部室にしばらく姿を見せなかったツッチー死亡説を流し、すぐにばれて湯田君にまともな道徳論で説教を受けた。
また非常にていたらくな部活で、プレハブ小屋のように汚く狭い部室はエロ本とエロ本とエロ本に溢れていた。特に『校内写生』はバイブルだった。俺も必死で読みこんだし、1学年上のF川さんも、そして噂の○内もページに穴が開くほど読みこんでいた。
Y内君はバイブルを教科書代わりにリュックに詰め込んでいた。そういえば○内君は今でもそのリュックを使い続けているのではないだろうか。ふと思いだした。
山内君はもの凄く物持ちがいいのである。
今日は2回も山内君を褒めてしまった。
つづく。

8/26 山内君に惚れた人々のために2 「口からほとばしるパトス」

前回までのあらすじ
山内君がいる演劇部に俺も入った。

 

2年になると俺は理系に進み、山○君は文系に進んだ。うちの学年の演劇部員数はかなり多かった。ツッチー、ボブ、山内、橘、大竹、武藤、湯田、五十嵐そして天才・坂内が一番最後に入った。9人もいた。今考えると恐ろしい。
当時は随分と楽しい毎日で、特に中間の2年が1番自由だったように思う。面倒くさいのは上がやるし、いじる後輩もいる。エロ本読書、変な声の出し方、ドッジボール、真面目な不良のコント、マジカル不条理バナナとか、竹中直人がやりそうな練習をしていた。
9人の中でも特に目立つわけでもない山内君はたまにギターを弾いていた。

そして地区の演劇発表1週間前から某F川先輩改めチンさんが台本を書きはじめ、3日前から練習合宿と称した学校敷地内合宿所での泊り込み稽古が始まる。
昼は授業、夕方は体育館の演台上で幕を下ろしてドッジボールをし、運動部の輩(バスケ、バドミントン、卓球、バレーのくそったれども)が帰る頃、我々は広いコートでドッジボールを始めるのだ。フットサルもやったか。そして深夜0時ころまでクタクタになるほど遊び、山内君が酒を買いにいくのだ。
ビールもチューハイもわからない高校生にアルコールは劇薬だった。
オレンジジュース100%VSオレンジジュース1割にウォッカorジンロ9割の一気飲み対決をよくやった。
「ゴサッペまさか?」
「まさかー? こっちとみせかけて、こっちーいいぇー」
手拍子が始まると飲んでしまい俺はベロベロだった。
1個下のヤスポンの証言
「只ひたすら訛ったしゃべり方の人モノマネなかなかレベル高かったすよ」とか翌日言われたがあまり憶えていない。そして心の中で「よくやった自分、記憶がなくても面白いことしたぞ」と少し誇らしくなっていた。

しかし奇跡の賢人○内はそんなレベルではない。
「おじさんよっちゃったなー」
とおじさんに始まり、疾走したり奇声を上げたりした。気分良く酔っ払っている分には良いのだが、賢人はパトスを吐いたりした。そうは言ってもみんな吐きましたオレンジ色のパトス。
みんな楽しく飲んでいる深夜2時とか3時、事件は起こった。どこを探しても賢人がいない、すると風呂場で死にかかっていた。
明け方6時、酔いもピークを過ぎて下降し出し気だるさと残念感がわき出す頃、聴こえてくる雀の声は新鮮だった。
「雀ってやるじゃん」とその時、初めて思ったかもしれない。
次第にウトウト睡魔が襲ってくる。何人か既に寝ている者もいた。その時、事件は起こった。
「ハイパーヤマショーが消えたぞー」
「ハマショーが消えたぞー」
みんなで合宿所を捜しまわるが見当たらない。そしてチンさんがロックされた1つの大便ボックスを発見した。
チンさんが仕切りをよじ登った。
チン「はははははー。おいみんな」
次々と交代してトイレを上から覗き込む演劇部員達。
暗くてよくわからないが一見、山内君はただ便器で眠っているようだ。

あ!

「下半身がスッポンポンだ」

彼はその日、合宿所で夕方まで寝ていた。

8/28 山内君に惚れた人々のために3 「錯綜する記憶」

前回までのあらすじ
高校時代、山内君は演劇部の合宿に参加した。


記憶とはあいまいなものである。真実もあいまいなものである。真実はその人それぞれの主観でしかないだろう。
山内大先生に前回「口からほとばしるパトス」の件について確認したところ、捏造が発覚した。
自分でいうので許して下さい。
どうやら風呂場で死にかかったのは俺みたい。前回は2年の春合宿、風呂溺死事件は3年の春だ。
俺は調子に乗って泥酔し走りまわった末、押入れに向かって叫んだ・・・・・・らしい。
「洞窟発見!」
今でも後輩に馬鹿にされるフレーズだ。
後日、坂内に「コーディー(当時の呼ばれ方その2)、洞窟、なかなか見つけられないよ」と褒められた。
インディージョーンズにでもなったつもりだろうが、割と早く洞窟から脱出し仰向けになって垂直にマグマを噴火し記憶がない。
俺はパトスまみれになり、以降、後輩のオサム(チンさん弟)が妙に俺を避けるようになった。
それから俺は裸にされ風呂に入れられた。
そして湯舟に顔半分浸かった状態のところを大先生が発見し救助していただきパンツをはかせていただき、再びパトスを発射しまたも裸に。
そして大先生のパンツをはかせていただいてそこにもパトス。
パトス×パトス×パトスだ。
埋もれていた記憶が蘇る。目を覚ますと髪がバリバリでいつのまにハードワックスをつけたのかと不思議に思い触っていると赤や緑のヘアアクセサリーまでついている。
馬鹿の大竹「今日からゲロッペね」
湯田「マーライオンね」
ひどいあだ名をつける奴らだ。
他人の出来事を自分のことのように話す人間は多い。俺は自分の出来事を他人の出来事にするのだ・・・・・・もっとひどい。
ではすり替えられた高校2年の合宿はどうだったのか?
省略した途中経過を山内大先生は克明に憶えていらっしゃった。
「哲学ってのは川口哲哉君(1個上の先輩)の学問のことかね?」
「俺は忘れた。そういえばわっせだ。そんな大学もどこかにあったな?」
等、不可思議な言動で合宿所を笑いの渦に巻き込んでいた。当時、不条理ネタといえば坂内だったが、酔っ払いの面白さを大先生から教わった。
この時初めて部員全員が大先生の一挙手投足に注目した。
「いいかい君たち、大事なことを先生が言うからよく聞きなさい」
「はい」
「OH!MANCYO」
「OH!MANCYO」
「のーのーのー ソンドンヨル」
「ソンドンヨル」
「ヲ-!!!!」
先生ダッシュを開始。
ひたすら笑っていた気がする。

そして途中からチンさんと大先生はウィスキーを飲み始めた。

省略。

大先生「古川さん、俺はもう駄目だ殴ってくれ」
大竹「ヤマショー」
俺「ははははー」
ちん「何言ってんだ?」
大先生「殴ってくれよ」
ちん「いいから落ちつけって」
大先生「殴られないとダメなんだ。俺は駄目な人間なんだ」
ちん「・・・・・・よし」
大竹「やめろぅー」
ばちーん。
大先生、起き上がる。
大先生「もっと」
ばちーん。

それから3時間後、彼は下半身裸で便所にて発見された。

山内君に惚れた人々のために4 「変身」

前回までのあらすじ
ある朝、グレゴール山内が気がかりな夢(近親相姦)から目覚めたとき、自分が便所で一匹の巨大な毒虫に変わってしまっているのに気づいた。

 

 

我々、A高校演劇部は自業自得と言わざるをえない地獄合宿から一夜明け大ダメージを負ったまま授業をうけ発表会へ。
発表会は2日間開催され、2日目のトリをとるのが我が校の伝統であった。1日目は会場最前列で仮眠し体力温存、2日目ラストに向けテンションをあげる。
我が校には発表における伝統の規則があった。
① 創作であること。(他校は大概既成の台本を使っていた)
② 刑事モノであること。
③ メイン刑事は4人、うち2人、ちんさん(本名・珍宝好、チャイナドレスを着たエセ中国人、口癖が「~~ある」という人物)と部長(呼び名が部長)は役名も確定。
④ メインテーマ曲は『ハワイワイブオー(HAWAII 5-0)・ベンチャーズ』。
⑤ ④と同時にファイブオーダンスを踊ること。

その年のストーリーはルパン3世一味(ルパン、次元、五右衛門、峰フジ子)をモチーフとした刑事が美術館にはりこみ泥棒と対決する話。
○内君の役名は、アラジニアンブラハム。美術館の支配人だが最終的に泥棒を捕まえるという大どんでん返しの仕掛け人。

アラジニアンブラハム「アラジニアンブラハムは怒りが頂点に達するとアラジニアンブラハムになるのだ」
アラジニアンブラハム、Tシャツビリビリにやぶいて泥棒を倒す。

ぼんやりと台本が脳裏に浮かぶ。10年も前のことで合っているだろうか。10年前からこの役どころは何かを暗示してたのかもしれない。
しかし何故だろうか、舞台本番以外のことの方が思い出される。
とある説によれば人(一部の障害を除く)は全て起こったことを記憶しているらしいが、そう仮定するならば思い出されるものと埋まったままのものの違いは何だろうか。
舞台最後に幕が下りていく中、ファイブオーダンスを踊る演者、薄ぼんやりと視界に入る客席の絵が浮かぶ。我が校の発表時のみ、女子高生が最前列を陣取る。舞台が終わり、劇評を受けるため、舞台の袖からスロープ状のはけ口をつたって、審査員の座る席に向う。我が校が最後の発表のため、他校が通路両端に立ちトンネルをつくってくれるたり拍手をくれたりした。女子高生の拍手と笑顔がドーパミンを噴出させた。とても懐かしい。

○内君は精○改め子供を作るオタマジャクシも出ていたかもしれない。いやきっと出ていただろう。

山内君に惚れた人々のために5 「発表の後はカラオケ」

前回までのあらすじ
ヤマウチは演劇発表会で感極まった。

 

終焉後、我が校演劇部の本番が始まる。
演劇の発表会等なんて準備運動だぜ! ……というと失礼だが、そこは思春期の男子だもの。
だって男の子だもん。
みんな男地獄を脱出したいという思いでいっぱい。


卒業後の噂話ではゲイもいたらしく、友人Yは肛門を顔に押し付けられ、逃げだしたとのこと。
「いれてよー」
と肛門を押しつけてくる巨漢弓道部の○○クン。おそるべし男子校。彼にとっては天国か。

 

脱線したが発表会終了後、我が高演劇部は女子をカラオケに誘うのが定石になっていた。女子高が近くに3つ。A女子高、W女子高、Z学園と三種三様で、男子校はうち1つ。
わーいやったよー! 天国だよー。

 

会津地方で大学進学を希望する男の子はうち、女の子はA女子に行くことになっていた。
だから学力ならA女子。
いいやもう隠すのやめるか。
制服がかわいいのが若松女子、ヤングジャンプの制服特集にのったこともあった。すばらしー。俺はここの子に惚れて付き合った。
ザベリオ学園はカトリック系、通称「ザベ」何故だかこことウチラは仲がよかった。
WゼータかZガンダムか∀ガンダム(本当にターンしてるみたいな)の選択。
「よし行くか」
そう言って発表会後に隊長の湯田、大竹が声をかけに行く。
「あのカラオケいかないっすか?」
会津女子「あ今日は模擬試験ちょっと駄目なの」
「何だよなーブスのくせにあいそわりーなー」
その時、確かに胸キュンになっているバカな男子高生達がそこにいた。
橘がルナシーを歌い、武藤と山内とカラテカシが尾崎を歌い、湯田と大竹がドラゴンアッシュ、ボブが「宇宙戦艦ヤマト」、俺がジンギスカンかスピッツ、古川さんが「今夜はブギーバック」「真夏の果実」、ヤスポンがビートルズ、手代木と武藤がブランキーを。
山内君と大竹が歌うイエモンの「JAM」が印象に残る。
女の子がどうとか恋がどうとかが一番の問題のようで違ったのかもしれない。だってその瞬間はしゃぎ過ぎて楽しくて楽しくてしょうがなかった。
「JAM」は名曲だったし、F川氏の「真夏の果実」は絶望するくらい音程がずれていたがやたら心に響いた。
「乗客に日本人は居ませんでした」をリフレインする大竹。
「何で日本人という枠でくくるのだろう? そんなんリベルじゃねーよ! ゲバラじゃねーよ!!!」」
そんなんだった俺。

 

大竹が好きな女の子をみんなでいじっていた。
その名は『ゴジラ後藤』
これをもし後藤さんが見ていたらごめんなさい。
大竹「俺、後藤さん好きだぁ」
湯田「おめーの好きな子ジャイアンツだべ」
ごさっぺ「東京湾系が好きなんだべ大竹」
大竹「う↑るせぇー」
全員「ゴージラ♪ ゴージラ♪♪」
バカっぽい高校生。
山内君は3年の時、A女子高の1年生に恋をした。S町のT.Kちゃん。そしてT.Kちゃんはオサムのことが好きだった。
オサム「やですよーあの子は」
人間関係って端から見ると面白いけど、当人は必死。むずいよなー恋愛模様。
hideの『ピンクスパイダー』を思い出した。
ハイドではないヒデなのだ俺達は。
長渕なのだ俺達は。

 

演劇部時代を小説にするって決めた。

 

つづく。

山内君に惚れた人々のために番外編 「城at Aizu 」

自分の意図とは別個に世界は動いている。そういえば最近、にわかに私の周囲がカフカづいている。村上春樹が流行り、下北沢で『世田谷カフカ』なる演劇が上演されている。
そして私は9月頭にカフカ全集なるものを図書館で借りた。せめて『城』くらいは読もうと思ったが、頭に入ってこないので、読み途中に出会った『OUT・桐野夏生』に魅了され中断した。平仮名が多いと文章は読みづらい。理由は何かと探ってみると、表意文字の方が表音文字よりか私にとっては頭に入り易いのだろう。大層、昔の全集のようであり、読みづらい。諦めていたその時、新宿TSUTAYAでミヒャエルハネケの『城』を見つける。一昨年くらいに友人に勧められてからハネケは時々レンタルしている。今年、ハネケがカンヌをとったのでうれしい。
そして借りて観てみると、思っていたより、読んだ内容が記憶に残っていてうれしい。


不条理というキーワードがぼんやりと浮かび上がる。

それは高校時代の話。俺達、演劇部は城の城壁の上で花見をしていた。桜がとてもきれいだ。城はすぐ近くにあるのに誰も中に入ろうとしなかった。部室には多大なエロ本とともに『染るんです・吉田戦車』もバイブルとして置いてあった。
橘の『変身』についての評論が入学してすぐの校内新聞に載ったのを思い出す。
『Schizophrenia・Manuel Gottsching』ってニコニコ動画で聴ける曲はいいです。俺の文章はとりとめもない。
しかしながらカフカの『城』もとりとめがないようにみえて、終番手前に感情が見え始める。Kとフリーダが別れて再会したあたり。その辺は面白くじっと見ていられた。人間は感情移入した方が負けるようにできているのかもしれない。基本的に人は一貫性がなく分裂しているがそれでも人である。また執着や執念が、その人らしさや社会的成功をもたらすとしたならば、それは絶望的なことである。
演劇部の練習を思い出す。マジカル裏バナナ。ルールはシンプル、関連性の薄いモノで単語を紡ぐゲーム。バンナイ、ヤスポン、俺、手代木でよく遊んでいた。

 

現在は残りカスのような石しかないが、100年ほど昔には生家の前の山の頂上に小さな城があった。『城』の最初の数行を読んだとき、何故か自らの地元と置換可能のような気がして親近感が湧いた。中上健次さんや村上龍さんとかは読み易いのだが、どうも乾いた文章というのは苦手だったが、アプローチを変えれば読むことが可能かもしれない。

山内君に惚れた人々のために現在版  「やまうち様が2009年10月18日28歳の生誕祭を機に演劇をなさるそうでございます」

過去の話をしてばかりおりますが本日は近況をお伝えいたします。

 

しらとりれいこでございます。昨春、高貴なお方ヤマウチ様が大勢の仲間に見送られ都から山里にお戻りになられました。ここでヤマウチ様の正体をお明かしいたします。


ででーん。


ヤマウチ様はヤマウチ国の王子・魔羅宇宙様だったのです。
王子は都会と演劇にお疲れになられ再出発の意味で帰郷なさったのですが、民衆達と最初の親睦会で衣服を脱ぎ棄て赤ん坊の姿になられてしまいました。
都会と田舎どちらが大変かという問題は、鶏と卵どちらが先か論争とニアリーイコールでございます。生活というものはどこの場所でも始まってしまえばどこも大して変わりません。元来、王子は村社会の閉塞感や親から逃げたくて山を飛び出し高校で下宿生活を始めました。それが最近、一周回って病気を再発したのです。
「仕事は辞めたくないけど、逃げたい」
という名言を吐きすて、山里にて舞台にたたれるそうでございます。
私は脚本を書かせていただきました。

王子の現在がわかるブログもございますので是非ご覧になってみてください。
「山内さんと増子さん」というユニットだそうでございます。


URL:http://blog.oricon.co.jp/yamauchi-mashiko/

 

舞台が非日常だと思ってはいけませぬ。我々、凡人は日常も幻想の霧の中で生活しているようなものでございます。
「お前は岸田秀か! えらそうなあんたは何や!しばくぞ」
上記は私の中にいる関西人トムの声でございます。

悪魔の衣を纏う王子が里を襲撃いたします。

山内君にほれた人々のために6 『もう高校時代のエピソードはない』

探せばあるかもしれないが思い出すことのできない時点で当時の彼との距離は遠かった。
そんな彼の2009年10月18日(晴れ)の舞台が無事に終わったそうだ。
割と好評だったようで、○内先生は地元の有名人になっているかもれない。
やったぜ○内!

そもそも何だ山内君の馬鹿あほ糞マヌケ、みんなにチヤホヤされやがって畜生。
犬畜生。ガキ畜生。
俺だってちやほやされたいんだ。

冷静に分析してみろ五十嵐。
何が俺と山内氏の差を決定的にした。
とある友人が言った。
「イガチョは知的ハンディキャップで、ヤマショは身体にハンディキャップがありそうだ」
なんやねんコンチクショーと思いつつ頷ける。

羅列的に記憶に残るY氏の話を書き連ねます。

2001年同窓会、カラオケ屋にてテレビの台に乗り酒を被りながら尾崎を熱唱す。
2003年、とある新宗教の30歳(♀)とアルバイトで出会い初めて彼女ができて童から大人へ。
2003年夏、ク○ニ○ン○スに熱中し♀の全身を舐めているうちに授業が終わっている。
2003年冬、新宗教関係者の知らないおばちゃんに別れを促され♀と別れる。宗教に憤りを感じる。
2003年別れた直後、劇団の話合いの際、五十嵐何かの弾みにY氏の逆鱗に触れる。
五十嵐が逃げ襲いかかるY氏を劇団主宰が止めに入り眼鏡が壊れる。
Y氏泣いたり謝ったりする。
2004年冬、酔っぱらって電車の中、誰もいない席に向かって話す。車に石を投げる。
酔っぱらって警○の就職試験中、交番の前にて「○○警死んじまえ」と絶叫。
2005年、就職。
ウケるだろうと思って、空き缶を駅のホームから車に投げつけると先輩に注意され、世の中に絶望する。
2006年春、「五十嵐が舞台やるなら俺会社やめるよ」と言って退職。
2006年夏、新潟にて全裸で車を運転す。
2006年秋、劇団会議中、Y氏青ざめた表情でファミレスを飛び出す。
後日、「デリ○(♀)に中に噴出しただろてめぇ」とお○クザさんから脅迫のTELが着たことを打ち明けてくれる。
五十嵐「さすが○内君だ」と褒める。
2006年冬、演劇の練習中酔っぱらって3人で当時五十嵐宅西荻窪へ向かう途中新宿にてY氏下車。
「ここでいいよ」
後日、ホームレスのおじさまと一緒にお眠りになったこと報告。
五十嵐、冬の道端の眠り方をY先生より教わる。
2009年わりと最近、ウケを狙って髪を燃やそうとしたところ、とめられ憤慨する。


と羅列してみたが、やはりY氏には勝てない。
Y「俺は墓場に入るまで表に出せないことがいっぱいある」
Y氏のつぶやいたことを思い出した。
上記の羅列は氷山の一角で、酸いも甘いもそんなに吸わずに辛いを彼はたくさん経験してらっしゃるのだろう。

そして気づいたがY氏はなんと私めのために会社を辞めてくださったのです。
ありがたやありがたや。

これからは○内先生に不定期的に台本を送れればと思っております。

 
P.S高校入試中、彼は体調を崩し、保健の先生(♀)に座薬を入れてもらったことが発覚す。

11/11 山内君にほれた人々のために7『げーはー』

昨日、げーはーになる夢をみた。恐ろしい話だ。起きて髪を確かめた。あった。夢の中でのリアリティー溢れる恐怖感は起きて時間が経つとどんなに恐ろしい夢でも、文字に通り夢の世界に消えていく。

以前、山内君に役作りのためジダンヘアにカットを要求したことを思い出した。役とはいえども、髪をジダンヘアにされるのは嫌だと思う。
それを観劇に来た後輩は
「ヤマショ先輩ほんとにストレスか何かでやられてしまったのかと思いました。いやリアルでした」
役者冥利とはこのことだろうと思うが、それは当人が言って初めて意味をなす言葉である。
その公演は役者の方からノルマをもらって、僕は舞台を主宰した。僕は役者の方々からノルマを頂かずして舞台を主宰したことはないし、ノルマのない舞台に出演した経験ほとんどない。

金を払って風俗に行くものはいるが、金を払ってビデオに出るAV女優はいないだろう。
それがその当時、主宰した僕がとったスタイルだったし、今も幾つかの自主企画スタイルの劇団がしているやりかただと思う。好きなものに金は出してもよいが、これはけっこー大変だ。このシステムはよくも悪くも友情や信頼や繋がりなどが絡まり合い、甘えも生まれやすいと思う。しかもプロ意識も持つのが望ましい。
役者とは何たるかは人によって違うのだろうが、どのような仕事も、はじまってしまえば自己より仕事が優先されると思う。
その意味で山内君はプロだったのだろう。
彼は無理難題をふっかけても「おう」の一言で答える。
それは格好いいことですね。


頼ることと甘えることは違う。そのニュアンスは更に人によって細分化される。頼ることと甘えることを同じ意味として使う人もいるでしょう。もともと自分が異邦人かのような錯覚に陥ることがあったが、とみに最近、それぞれの人間がそれぞれの言葉を持っているのだと感じる。

国語が難しくて困る。今日の文章に幾つ間違った表記があるのだろう。
こわいこわい。
言葉が怖い。

 

11/26 山内君に惚れた人々のために9 「短編小説・我が輩は山内である」

我が輩は山内である。名前は色々ある。山内とかヤマショーとか変態とか。メスに言われるなら変態が一番かもしれぬ。父も母も我が輩によく似ている。なんと妹までもがそっくりに生まれてしまった。それ故に他人が「山内」と声をかければ、家族全員で振り返るのである。区別はない。ある日、我が輩が息子と部屋で戯れていると妹がやってきた。
「お兄ちゃん何をして遊んでるの?」
「あぁー何でもないさ」
妹はしばらく我が輩の顔をじっと見た後で
「晩ご飯だからすぐに下りてきてね」
と言って階段を降りて行った。我が輩も慌てて降りて行くと父も母も、これはどうしたという顔でこちらを伺っている。何か不味いことでもあったのかと思い、あたりを見回すも、これといって変わった様子はない。しかしみんな山内というのは不思議な気がする。そもそも山内に生まれたのだから山内でしかないのだ。
「いただきます」

と言って飯を食おうとするも何かおかしい。椅子の温度が低いのだ。そうか服を着るのを忘れていた。我が輩は部屋に戻った。部屋に戻ると服がない。これはどうしたのかと思いタンス上段の引き出しをあけると毛糸でできた筒がある。途中でカーブした毛糸の筒とは滑稽である。しばらく眺めるも何に使っていいのか見当もつかない。
我が輩は閃いた。息子の頭に被せてやれば温かいだろうと思い、被せてやった。息子はペコリとお辞儀をすると急に倒れた。心配になってさすっていると妹が再びやってきた。
「お兄ちゃん何をしているの? ご飯が冷めちゃうよ」
「あー何でもないさ」
妹は不服そうに階段を下りていった。我が輩がしばらく息子とあれやこれやと遊んでいるとサイレンの音がする。何かと思って窓を開けると、隣家が燃えているのではないか。我が輩は美しい炎をもっと近くで見たいと思い、家を飛び出した。寒い。周囲に住む佐藤だとか鈴木だとか森田だとか言う生き物が我が輩を抱きしめはじめた。これでもかというほど抱きしめるので我が輩は苦しくて緑の液を吐いてしまった。それまで抱きしめていた手足が離れると寒さが戻ってきた。我が輩は燃えさかる家に近づいた。美しい。
そして暖かい。そこで我が輩は閃いた。入って暖まればよいのだ。
つくづく我が輩は美しいもの目がないのだ。

 

12/1 山内君にほれた人々のために8 「注文の多い料理店」

村役場の地域振興課の同僚達と社内旅行で東京に行くことが決まり、その手続きを山内が担当することになった。
山内は2ヶ月に1度は東京へ来ているので東京に詳しいだろうというのがその理由だ。川嶋あいかチャットモンチーか吉井和哉のライブ、もしくは西武ライオンズ試合観戦に彼は足繁く通った。川嶋あいのライブが午後3時に終わった日、ついでに山内は浅草の観光地を散策して戻ることにした。
「僕はどこへ行けばいいのだろう」
山内は「ライブ」は好きだったが「観光」はあまり好きではなかった。光を観ると書いて「観光」、何が光だと山内は思いながら地図を片手に名所を探した。
浅草寺に参拝して浅草花月で吉本を観て戻ることにした。
山内が20分程歩いて来た道を戻ることにした。
しかしなぜだか駅でなく看板にピンク色の文字で『注文の多い料理店 』と書かれた店の前に山内は立っていた。玄関は白い瀬戸の煉瓦で組んで、実に立派で硝子の開き戸に金文字でこう書いてありました。
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮はいりません」
山内はそこで、ひどく喜んで言いました。
「こいつはどうだ、やっぱり世の中はうまくできてるねえ、今日一日難儀をしたけれど、今度はこんないいこともある。このうちは料理店だけれども、ただでご馳走するんだ。決してご遠慮はありませんというのはその意味か、なるほど」
山内は戸を押して、なかへ入りました。そこはすぐ、廊下になっていました。その硝子戸の裏側には、金文字でこうなっていました。

「ことに欲求不満を抱えるお方や若いお方は、大歓迎いたします」
山内は自分のことだと直感し、先を急ぐ事にした。建物の中は石鹸の香りがした。
廊下を進むと扉に張り紙がしてある。
「60分1万7千8百円」
山内は先ほどと言っている事が違うなと思いつつ、財布から金を取り出し籠に入れた。そして扉を開くとまた廊下が続いているではないか、山内は先へ進むことにした。すると両脇の壁から時折、うめき声にも似た男女の声がする。山内は怖くなり奥へと続く廊下を急いだ。次の扉にまたしても張り紙がある。
「衣服は全てお脱ぎください」
山内は、これはいよいよ怪しいと思ったが、早く食べたいという欲に勝てず服を脱いで扉を開いた。扉の後ろに紫色の字で書かれた文章が添えられていた。
「時計や眼 鏡、金属類は外しましたか? もし外していなければ、ココで外して下さい」
山内はしぶしぶ従い、眼鏡と時計を外した。
山内はずんずん歩いた。すると今度の扉の張り紙にはこう書かれていた。
「この小びんの中身をよくすりこんでください」
山内は小びんの中のヌルヌルの液体を頭から被って、体の隅々まで揉みこんだ。
「ウィッシュ」
山内は呟いた。
「ウィッシュ」「ウィッシュ」「ウィッシュ」
いつのまにか「ウィッシュ」は、呟きから掛け声へと変化し、山内は猛ダッシュしていた。
気づくと廊下はバスルームに変わり、湯気で山内の視界は完全に遮られた。
「はうっ」
山内は声を漏らした。何か山内にかぶりつたのである。
「あっあっあっ」
山内は精気を吸い取られていくのがよくわかった。
「逃げちゃだめだ」
山内は心の中で叫んだ。
必死でこらえる山内の踏ん張りも、5分を超えたあたりで潰えた。
山内が目を覚ますと財布からは3万円程消えていたとかいう。

1/4 山内に惚れた人々のために9 短編小説『女の尻』

ある日、私が目を覚ますと女の尻があるのです。子供が5人は作れそうな、いやすでにいるような尻です。触ってもなくなりません。大きくて柔らかい女の尻です。これは夢かと思い自分の頭を叩くのですが、どうも現実のようです。なんとこの尻は私が歩くのに合わせてプカプカと移動して後をついてくるのです。私は階段を降り両親に気づかれぬよう風呂敷包みに入れて役場へ持って行くことにました。
職場に行くと皆が風呂敷を見ています。
「これは何だ山内?」
「スイカだよ」
そう答えてもまだ皆、疑っているようで。
「冗談だよ。メロンが二個だよ」
と答えると納得して席に戻って行きました。
午前中の仕事が終わり時計の針が12時を過ぎたころ、私は昼食をとりました。母ちゃんの手製の弁当です。今日は鳥の空揚げときんぴらゴボウとポテトサラダと白米にふりかけでした。食べおえた後、あることに気づきました。そういえば尻に飯をやっていないのです。ふと風呂敷に目を向けるとギュルギュルと音を立てているではありませんか。これは大変だと思いましたが、飯はもうありませんし、どこから食べるのかもわかりません。何せ尻ですから。まさか肛門から食べさすわけにも行かないでしょう。尻に謝罪をし、私は午後の仕事に戻ることにしました。
午後3時頃でしょうか。同僚達が私の机に集まってきました。
「山内、メロンを食わせろ」
しまった! と私は額に手をやりました。
「あっ、あれはみんなにやるために持ってきたのではない。自分のおやつだ」
そう言って風呂敷を机の上にドンと置きました。するとどうしたことでしょうか尻は大きな大きな放屁を放ち、風呂敷を吹き飛ばし同僚を吹き飛ばし天井を突き抜けてどこかへ飛んで行ってしまったのです。
尻がみんなに見られるが恥ずかしがっていたことを私は知っています。
尻の黄金の屁はみんなが目を開けていられないほど眩く、美しい屁でした。
尻といってもいろんな尻があるのだなと感じた正月明けの初出社でした。

1/4 山内に惚れた人々のために10 短編小説『村民失格』

思えば人を重んじるふりをして、人の顔色ばかり窺いながら生きてきました。それもそろそろやめにしようと思います。
そう思っていると村の火葬場で死体が出てしまいました。出たと言ってもいつも通り燃やされたわけでなく火葬場の所長が煙突から飛び降りたのです。この火葬場は私が生まれた28年前にできました。当時、東北の山奥の建物としては随分と都会的だと皆口をそろえました。
事件の日、私は村から60キロ離れた街のホテルにデリヘルの女と一緒におりました。その女はバツイチ、子持ちだそうです。そんな身の上話を聞くのが私は好きなのかもしれません。私は女と本当は一緒に身投げしてもらおうと思っていたのですが、とんだ邪魔が入ったのでした。

それが父の電話でした。父と所長は高校時代の同級生で、私自身も小さな頃から随分と世話になっておりました。こうなると私自身のことはさておき葬儀の手伝いに行かねばなりませぬ。人の距離の近い社会ですから。市街から車で2時間かけて村へ戻ると所長の家に人集りができておりました。私はいつも通り、周囲の人々に同調し泣きそうな顔で葬儀へと溶け込んだのです。私は偽善者なのでしょうか。私がうんうんと肯いていれば他者はどんどん自分の話をして、私への警戒心をとくのです。

その事件から一年経ちました。先月末も農協に勤める一歳上の先輩が煉炭自殺をしました。こんなにも緑に囲まれて美しい村だと言うのに何故なのでしょうか。血がきっと濃いのだと思います。しかし何故、血が濃いと奇形児・障害児が生まれるのでしょうか。不思議です。

時々、私は東京や仙台へ脱出します。苦しかった東京を離れて、何故私は東京へゆくのでしょうか。寂しいのだと思います。この寂しさをほんのひと時解消してくれるのが女であり音楽なのです。女と音楽なければ私はもうこの世にいないでしょう。

仕事とは言え二月に一度くる貧乏人への借金の回収は心が折れます。借りた人間が悪いと言えばそれまでなのでしょうが、借金取りの気持ちが少しわかるようになってきました。それは金を返して欲しいよりも取り立てるこわい役者にならなければとてもこの仕事が勤まらないからなのだと思います。私は役者失格です。

いい人などこの世にいるのでしょうか。わずか28年の短い人生経験の中でも、そうそういい人に出会うことはできません。それは皆がそれぞれ自己を肯定されたいという欲に駆られて生きているからだと思います。

さて今年も誰にも気づかれないほど薄い仮面をつけて仕事へでかけましょう。

山内君に惚れた人々のために11「セミドキュメント 特命係長・山内翔」

俺はごく数週間前に村役場を解雇された。嘱託職員と宙ぶらりんな立場で あったから、まぁまず最初に来るだろうと思っていた。

きた。
よくよく話を聞いてみると再び雇われる可能性もあるのだという。現在の体制をリセットし再スタート。そういう意図だそうだ。
これで俺は自由になれる。自由になれるといっても己の毛髪と性欲からは のがれることはできない。
途絶えつつある毛根、あふれ出る性欲。野山を駆け回る野獣にでもなろう か。今の時代に俺を雇ってくれるところなどあるのだろうか。俺に未来はない。
橋を越えるとすぐに祖母の家がある。一昨年、東京のバンド仲間を祖母に紹介したことを思い出す。
二段になっている屋根の下段の隅の残雪が頭に落ちてきた。モォツアルトみたいな髪型になった。
車のサイドミラーに映る姿は白髪の毛沢東。
遺影となった祖父の前で手を合わせる。
そうこうしているうちに南会津音楽祭の話が隣町で企画されていることをきいた。山奥に戻ってきてからもこちらの人々のレベルの高さに驚く。
うまいとは何か俺はいつもそのことを考えている。
会津田島駅からほど近い喫茶店が企画事務所だ。
東京に住む友人コージからnbsa+×÷の話を聞く。

三宅洋平さんというアーティストが会津にくるのだという情報を得たが、いけず。友人の結婚式後でいけなかった。
南会津ロックフェス(仮)。うまくいくかいかないか混沌としているが、企画がうまくいくといい。
そうこう思っていると係長昇進の通達がきた。

無職から係長にランクアップ。まるで人生ゲームの世界だ。
これがうまくすすめば、俺は村の長になる。そして一大快楽街を作るのだ。近隣住民に反対されながらも山奥の桃源郷を作るのである。
先日の濃厚なバトルは「臭い固いチーズ」の一言に尽きる。筋肉質の中国人との荒川での1ナイトラブ。
やっぱり日本人がいいとなど俺は言わない。
「あながあればそれでいい」
友人の上司から聴いた俺の一生のテーマである。人類全体にささげる男としての愛。そんな男に俺はなりつつある。
そして南会津ウッドストック。
性の一大テーマパークとウッドストック。それが俺の目標だ。俺のシャングリラ『マングリラ』を作る。
夢を死ぬ程期待するはあり、全く期待しないもあり、思考ノイズレベルで期待するはゴミ箱行き。

 

特命係長・山内翔。

 

山内君に惚れた人々のために12 「音楽とセックスを愛する男」

最近、ぽつぽつ自分の職場関連の人に『歩行』掲載がばれつつある。職場と切り離そうとした僕の欲が生んだ報いであろうか、カルマであろうか、それはわからない。
山内という人間は、音楽とセックスが、95%をしめる人間である。ちなみに残りの5%は偽善とも慈愛とも言える、他者に同調することだろう。
そんな彼が中心となって活動しているバンドが「サボテン」だ。
「サボテン」は元々、僕と編集長を含む大学の同期が山内とは関係なく作ったバンド。

その後、サボテンは変貌を遂げ、Vo五十嵐、Gr山内、Ba加茂、Dr幡野、(Per江原)となった。
そういえば江原君とは最近会ってないな。

パルコで働いてるのです。
大学時代のサボテンと現在のサボテンは随分と違う。

それは1人のメロディーメーカー、山内という男の存在。
詩の大半は僕が作ることが多いのだが、それに会わせたメロディーを作るのが彼の腕である。
彼の腕は、時にギターを奏で、時に女性を奏でる。つまり彼はエロいのである。最近、頓に松尾スズキに似てきた。
彼の夢は地元にエロシャングリラ(通称・マングリラ)を開くことなのだ。彼が音楽を欲するのでサボテンは再び再結成され6月19日に郷里のライブにのぞむ。
彼は福島から仕事終わり車で御茶ノ水へと練習にくるのだ。

すごい男だよ。
彼の音楽に対するパッションは熱い。彼の欲望は気持ちよく音楽を奏でること。

パッションパッション♬マンガン電池舐めるな危険♬
パッションパッション♬アルカリ電池舐めるな危険♬

僕らの練習は深夜0時から朝までそして皆仕事へ向かう。
サラリーマン、フリーター、公務員。4年前と立場が入れ替わっている不思議だな。

<2010.6.4>

山内君に惚れた人々のために13 「山内君に連れられて」

さよなら山内君。

こうも山内君のネタを引きずるのは彼の意思ではないだろうから。

山内君の車で郷里にライブに行った。最近、周囲に音楽家が多く、それらと比べるとレベルの差に愕然とし、楽しくなくなってしまう。だから比較はしないのです。楽しむために。

夜11時、東京から福島県只見町へ。午前3時につきそこから酒を飲み、眠る。

そしてキャンドルナイトというイベントが夕刻より始まる。

2年ぶりのイベント参加だが、実行委員にはサボテンの歌を待っている、と言って下さる方もいてありがたい。そうなのです。奇特な人がいるものなのです。

土曜日から数日経った、今思い返してもありがたいことなのです。

「父の秘密」

という下ネタの歌が笑いを誘うらしいのです。

「乳首と乳頭の違いは何だろう」

というタモリ倶楽部に出てきそうなフレーズをただリフレインするという歌。

表面をなぞろうとしたが、私はしばしばしくじってしまった。楽器隊は直前に何度もスタジオに入ったらしく、少々のミスはあったものの良いグルーヴに包まれた。

我々のライブが終わる頃、テレ東「テレビチャンピョン」で野人王選手権チャンピョンによる、火起こしの実習が始まった。

元々は神奈川の人だが、南会津に引っ越したらしい。確かに空気のうまい森の世界だ。しかしながら人々よ、どこに住んでも幸福はあなたの周囲にはない。

自身の心の穏やかな土地に住むのが、みなさんいいと思います。山内君は東京にいた頃と比べ2倍元気になった印象だ。

それからイベント会場のパブリックビューイングでオランダ戦を観た。負けた。

「ビンセントバンゴッホ」

なんて歌を歌ってしまったからかな。

奇しくもライブの翌日は父の日で、わたしゃ父に老眼鏡をくれてやった。

父よ、老いを認めるのが楽しい人生の第一歩だよと思う。

それから山内君の運転で妖精美術館に行って、温泉に入って東京に戻った。

郷里に帰る前も東北をぐるぐる回っていて、昨日も友人の家に泊まったので、荒川の家でゆっくりするのは約10日ぶりだ。そうすると普段掃除をしない部屋を掃除したくもなる。

人間とは不思議です。

山内君の柳家喬太郎コピーの

「時ソバ」

が軽妙で驚いた。山内君は芸術家肌ではなく職人肌かもしれない。

闇夜に浮かぶキャンドルを撮影してみた。

<2010.6.23>

 

山内君に惚れた人々のために14 「スターの結婚式」

山内翔君が結婚を決めた。

僕らのように彼を慕う人間にとっては一大事だ。

僕らというのは、僕(五十嵐)、加茂君、幡野君、千三屋(web歩行編集長)である。

僕らは山内君と結成したバンド「サボテン」の練習で夜な夜な御茶ノ水の音楽スタジオに入った。

いつも深夜0時から朝5時までのコースで、スタジオは空いている。

 

深夜1時を酔いのピークに酒に溺れながら練習をする。

 

山内君の回りには「僕ら」以外にも幾つもの取り巻きが存在する。

言わばスターである。

山内君が参加していた野球チーム、現在の職場、家族、親類、劇団、バンドetc、総勢200名弱の人数が福島県南会津郡只見町の温泉『ゆらり』に集まった。

そういえば山内君が東京を離れる送別会でも50名くらい集まっていた。

 

なんという人望だろうか。

そして、各々が各々の山内像を描き熱い信頼を寄せている。

山内翔という名の通り、それは盛大なshowだった。

スターは舞台上で四つん這いにされ、同僚に鞭で打たれた。

こんな披露宴があっただろうか。

スターの中学時代の恩師がスターとの思い出を語った。

翔君は、とても印象深い生徒で僕が転任する前夜、泊まりにきて、「先生朝まで語りましょう」と言ってくれました。

 

ただ翔君は「何か足りないんじゃないですか?」と言ってきたので、私は驚きました。

そこで私はビールを出しました。すると翔君は「ここは只見町だよ」と返してきました。

山内君は将来、怖くて立派な人間になりそうな予感をさせます。

今度、私は日本酒を差し出しました。すると翔君は「先生・・・」とだけ呟くのです。

私は、戸棚のウィスキーを出しました。すると翔君はニコリとしたのです。

 

その後、私の方が先に眠ってしまいました。

こんな中学生いるのだろうか。これがスターなのだろうか。きっとそうだろう。

吹雪の中の結婚式のことだった。