雑記「2010年も過ぎる」

映画「ノルウェイの森」を新宿で観た。あまりに有名過ぎた小説を僕は大学生で読んだが、当時、毛嫌いしていた。ダブル村上なら龍の方が、湿気があって好きだった。

映画に触発され、年末、文庫の「ノルウェイの森」を読みつつ帰省した。映像と照らし合わせると、「ここをカットか」「ここを合成したのか」とか思いながらほくそ笑む。

映画が先か小説が先かで随分と印象は変わる。映画を見ていなかったら、登場人物はもっと自由だったはずだ。それにしても、乾いてとんとんと進む作家だなと思った。

特定の描写に凝り固まった感じがせず、目、鼻、口、耳、皮膚と色んな感覚をつぎ込ませた文章を書くなと思った。

妄想を膨らますというより、浮かんだものを書く。そういった印象だ。

頭で考えすぎないストーリーを作るのは難しい。モノを作るには才能がいるのか、日々の鍛錬がいるのか、それとも両方か。

訓練でなんとかなるのと、ならないの、感性や才能って何なのかなと考える。

そんな時、内田樹さんのブログを読んだ。自分の勤めるサンガでも一度、本を書いていただいた。

その一部分。

才能の枯渇について

 

 

「贈り物がもたらしたさまざまな利得を自分が占有し退蔵していると「何か悪いことが起こり、自分は死ぬことになる」と感じることである。才能がもたらしたアドバンテージは「私有物」ではない。だから、返礼をしなければならない。ただし、それは「贈与者に直接等価のものを返礼する」というかたちをとらない。」

 

 

何だか自分が人の顔色ばかり伺う情けない生き物のような気がした。才能とは努力で掴むということではないのか利他的な時に才能って出るのか。それって何だかすごく頷けた。

ただ単に幸せになって欲しいなとかって時はエネルギーが出る。一周して優しさなのか、それ以外の何者かへ変化する場合そんなこともある。

ただ純粋に利他的な場合のエネルギーってのは誰でも半端ないと思う。

最近、ドジが続いた。そんな時はどこかで甘えや欲望が渦巻くのである。

仕事なんてぶっちゃけやりたくねえけど、やるしかないし。

頑張るか。口で言っても思わなくちゃいけない「ヒッピー」って。

違うか。ノンホロコースト。

利己的に世界の平和を願う。個人的に利他的平和を目指すんだこんにゃろう。文句有るかクソやろうども。

時々、本当に自分が情けない。

僕はあなた達がひとり残らず大好きです。

本年も皆様。ありがとうございました。新年も皆様が幸福でありますよう。

<2010.12.31>