ケープ真鶴

真鶴半島に行ってきました。

小さな漁港があって、宗教の施設があり、電信柱には宗教関係のポスターがきれいに貼ってあり、小さな文化遺産がぽつぽつと残っていて、そのどこからでも金色に輝く海が見えます。

太平洋側だけあって波は静かで、海草や海苔の養殖場があり、海女のおばあさんに話かけると、網にはいったアサリと小粒のさざえを見せてくれました。

昼食はちょっと豪勢に舟盛を頼み、地魚の盛り合わせと鯛の活けづくり。名物を伺うと、イカと鰺なんだそうで、イカの塩辛と箱根麦酒を杯を重ねました。

正午をすぎると、海は引き潮から中潮にかわり、それでもまだゴツゴツした岩が日に照らされて、乾燥しています。こける人がおおいのか、岩の上を歩いていると、外人がはじめて覚えた日本語のごとき「すべるきけん」や、ペンキで岩に書いた「すべる注意」という無骨な警告がちらほら読めます。

 

半島の先には、石原軍団から寄贈された消防車や中川一政さんの記念館などがありますが、それを振り切って、岬まで歩いていくと、道路標識に、何故か「ケープ真鶴」とあります。なぜに「ケープ」。「ケープ」ってなんだっけと思いながら、さらに歩くと、海の向うに突き出た二頭の岩と岩の間に、しめ縄がかかっていて、何かを祭っています。多分、禁足地であることを示す結界の一種で、古神道の磐座信仰だと思いますが、それを示す、木札もなく、海女さんに聞いても昔からあることしかわかりません。

人は何故山に登るのか、の伝で、中潮を利用して、海の上の岩を飛び石づたいにゴツゴツした不ぞろいの岩の上を足に力をいれて、2キロ近く歩くと、ようやく岩の袂がみえてきました。

岩の頂上には、既にカメラをさげたお洒落な男が軽快に足をかけていて、カシャカシャとフラッシュをたいています。簡単にのぼれるんだ、と魔がさしてつい道なき岩壁を登りはじめて、10分、下をみたら、道はなく、上をみても道はないということが判明いたしました。落ちたら死ぬなーと思いながら、どうせなら頂上までのぼるかとロッククライミングをし、頂上の手作りの小さな鳥居と社に参拝し、高いところにのぼって降りられなくなった猫のような馬鹿馬鹿しさを勇躍ふりきって、腰がひけた状態でずるずる滑り落ちていきました。

 

頑丈な靴がやすりをかけたように磨耗していることをのぞくと、帰りは思いのほか、軽快で、陽のあたる岩のしたには、フナ虫の卵なのか、コーラ色のゼリー状のものが数千ちかく、フナツボみたいにべったりと岩にはりついていました。

岬の上にあるロッジの上には、とんびが飛んでいて、後ろ足と前足がない黒猫がひょこひょこ歩きながら、藪の中に消えていきます。餌でも買ってやろうと土産屋にいってイカを買って戻ってくると、大柄なトラ猫が日向ぼっこをして眠っているだけで、黒猫はいなくなっていました。

足場が悪かったせいか、足がぱんぱんにはれ、その疲れをいやすために箱根によって温泉につかりました。

どの温泉に入るか逡巡した挙句、天山温泉のチケットを買い、タオルを買って、二時間じっくりつかり、深呼吸をして、手足をのばして、ぼうっとして、畳敷きの休憩室で、すりきれた将棋盤をつかって、豆まきのような将棋をさし(完敗)、家に帰りました。

眠る前に、道路標識のことが脳裏によぎり、「ケープ真鶴」が真鶴岬の意であることをふと思い起し、「ケープ・フィアー」のことを考えてから、何のつながりもないことを発見して消灯。