伊藤家の共有結合 2010.03.22

大阪城の外堀に、豊国神社という秀吉を祭った神社がある。そこで、伊藤健一と浜口亜希子氏が結婚式を挙げた。

披露宴で落語を演じる五十嵐師匠と一緒に結婚式に出席すべく一路東京から大阪梅田まで夜行バスにのる。いきなりイヤホンをつけて眠ろうとする五十嵐師匠を起して延々朝まで話しかける。途中で師匠が寝て、毛布をかぶりぼーっとしている間に、梅田についた。猛烈に眠く、当然、髭もあたっていなければ、顔も洗っていない。

最低限、身づくろいはしなくては、と五十嵐と神社の男女兼用の手洗いの洗面台をかりて、他人の迷惑をかえりみず、ばしゃばしゃ顔を洗っていると、続々と礼服に身をかためた親類縁者がやってくる。黙礼をしながら髭をあたっていたら、だしぬけに袖をひく人がいる。五十嵐か、と思ってふりかえると、誰もいない。怪訝に思っていたら、

「あんた、健一の友達やろ」

と、見知らぬ、おばあさまがいう。うなづくと、

「道理で、健一によう似とるわけや。あんたのことは、よう聞いとる。なんでも、大学を休学して海外にいっとったんやて?」

はて、と思いながら、黙ってうなづくことにした。

「今日は式に来てくれて、ありがとうね」

「こちらこそ」

握手をして、おばあさんが出て行くのを見送ると、何か気になることでもあったのか、また手洗いに戻ってきて、

「あんた、彼女おるのか?」

という。

「いえ」

「ほんまか。せやったら、今日きとる女の子に唾つけや。ええ思う女の子おったら携帯の番号きかなアカンで。あんたやったら絶対いける」

励まされるのは嫌いではないので、堅く握手を交わして、今度こそ別れ、しっかりと髭を剃る。

 

 

親戚を出迎えるために玄関をうろうろしていた伊藤と立ち話をして、時間まで大阪城でもみにいくか、と五十嵐を誘って城内をぶらぶら歩いていると門の手前の橋で、こもをかぶった異人が般若神教を詠んでいる。無視して登城すると中に博物館と広場があり、コモドオオトカゲと散歩している革ジャンを着た長髪のおっさんと、黄金バットの紙芝居の前で人だかりができている。大阪城は入場料を払わないと中には入れないらしく、城壁だけ触って帰ってくる。

神主から召集がかかったので、神社の前の売店で買った「写るんです」を携えて神社にむかうと、式の間は撮影禁止で、いきなり使えない。

無関係の観光客から、ぱらぱらとした拍手を浴びる。当然のように一番前に並ぶと、何故か、式場のなかのもっとも悪いポジションをあてがわれ、式の間、とにかく神主の尻しかみえない。

坐ろうとして坐らなかったり、坐っても、すぐに腰を浮かしたりと厳格な作法があるのだろうけれども、とにかく尻しか見えない。退けともいえないので、黙ってお尻を見ていると、鳩だか、雀だか、鶯だかがつがいで境内の舞台の上に入ってきて、梁の上にとまったかと思うとせわしなく出て行った。

神社の境内の中に朝の光が差し込み、アルバイトの巫女さんが祝詞をあげる。

新郎新婦の三三九度の姿すら死角にあり、新郎が指輪の交換を間違えて危うくセルフサービスにしかかったご愛嬌の一幕も一切見えなかったけれども、神社の境内の桜が咲き誇る、いい結婚式だなと思った。            

 

 

今まで何度となく結婚式に出席してきた。

祝辞も読ませていただいたし、余興で詩の朗読をさせていただいたこともあった。晴れの場だから、あえてとがめだてされることはなかったけれど、やっぱり僕は失敗した。うまく読めなかったり、つまったり、頭が真っ白になってしまったり、その都度、まわりの人に助けられて、自分の席についたときは正直にいって生きた心地がせず、飯も食えなかった。

 

今回は、披露宴の受付に、祝辞、二次会の幹事と目白押しで、同行の五十嵐師匠と、適度な緊張感をもって式に臨まなければならない、とお互いに確認しあったのも束の間、勧められるお酒を全て飲み干している内に、泥酔してしまった。

披露宴の最中に、別にこれといって感動的な場面があったわけではなかったのだけれど、はじめから最後まで、なんだか泣けてきて仕方なかったのだ。10年ぶりに再会した同級生の林君に、そのことを訴えると、「お前、すごい好い奴だな」と励まされて、更に泣きそうになってしまう。

結婚式で泣く役というのは、決まっていて、新婦の友人と新婦である。男が泣くわけにはいかない。断固として泣かないと決めたら、後はお酒を飲むしかない。

ゴブゴブと杯をあおっているうちに、べろべろになってしまって、間違えて、五十嵐くんのお茶やら何やらも飲んでしまった。

新郎を号泣させてやろうと思って、入念に仕上げたはずの「ルーキーズ」も真っ青な祝辞は、何故か想定外の笑いに包まれ、着席と同時に、五十嵐が袖をひかれ、

「師匠、出番です」

と米朝の出囃子が鳴る。

演目は、ジュゲムの伊藤家版。

五十嵐の落語は、学生時代から、もう10年近く見ていて、一向にうまくならない諸星大二郎の画風のような特徴があったけれど、それは完全に僕の見誤りであった。今までのレコードを20%近く塗り替える熱演で、会場から割れんばかりの拍手が贈られた。

 

披露宴の音楽は、野島伸司信者にふさわしい、名作ドラマ音楽集とでもいった内容で、大いに笑った。会場のピアノで、二人で連弾して、ものの見事に新郎が外していたのも、呵呵大笑で、泣かずに済んだと思っていたら、新婦の手紙で見事に撃沈されてしまう。

ハンカチをもってくるのを忘れたので、仕方なく袖でふく。気がつくと、隣で五十嵐も泣いていて、少し笑えたが、それ以上に泣いていた。

 

 

二次会には、なんと、二次会に参加するためだけに、天才デザイナーの幡野元朗が東京から、高速バスでやってきた。サプライズゲストといっても幡野くんのことを知っているのがわずか二名だったから、一見すると遅れてやってきただけにしか見えず、そんなに驚いてもらえなかったのが、傍から見ているとおかしくてしかたない。幡野くんは、たった二時間のためだけに、七時間かけて東京から高速バスにのり、三次会にでて、その足で、夜行バスにのって七時間かけて東京にかえっていった。泊まっていけばいいじゃないか、と泥酔者にゾンビのようにしがみつかれても、「明日の朝、仕事なんすよ」と譲らない。大阪の夜行バスの発着所で雑談しているうちに、時間がきて、手をふってわかれる。

林君も、明日朝九時から大阪で仕事があり、五十嵐師匠も明日は朝から関西営業の仕事が入っていた。にもかかわらず、当然、四次会というのは開かれるわけで、一度、帰宅して着替えてから、朝まで伊藤家のリビングの床に足を伸ばしてだらだらする。

まず、疲労困憊の新婦が寝て、それから五十嵐が地震にそなえて、机の下にはさまって眠り、気がつくと起きているのは、三人になった。外でも散歩しようかと、玄関をでると、ぱらぱら雨がふっている。Uターンして部屋に戻って、蒲団の上で足をのばして、ぼうっとしていると林君が、だしぬけに

「共有結合みたいだな」という。

「何の話?」と聞くと、

「いやさ、今日の結婚式なんだけど。共有結合って覚えてる? 化学の授業で出てきた」

「覚えてない」

「結合の種類って、結構色々あるのね、イオン結合とか電子結合とかさ。イオン結合とかの場合はさ、どっちかに偏って、陰イオンなら陰イオンに、陽イオンなら陽イオンになるわけなんだけど、共有結合っていうのはさ、二個の原子が二個の電子を共有することなんだよ。だから、お互いに、お互いの良いところと悪いところを差し出して、しっかり結合する、最強の結合なんだよ」

「確かにそうかもしれないね。似たもの同士ではなくて、お互いがお互いに足りない部分を補完している」

眠っている二人を起して、この話を聞かせてやろうとすると、林君に止められる。

うとうとしていると、林君が立ち上がり、伊藤と二言三言話をし、伊藤が林君を送りにいった。

電気を消して、蒲団の中で眠る前に、そういえば、もしかすると、今日は初夜なんじゃないか、と気がついて唖然とするも、眠気が勝ち、伊藤が戻ってくる前に眠ってしまう。

 

伊藤夫妻は3月26日から南米の旅に出発し、5月26日に帰国する。

 

6月からはスイスの山小屋。

 

まさに浪漫飛行。