奥静岡紀行

前編 歩行100円 

世界一長い木造の橋、蓬莱橋。
入り口に歩行100円の看板あり。勇んで払う。
ただ同じ道を行って戻ってくる往復二キロの旅。
折り返し途中、家族連れのおじさんに
「ドンツキですか?」
とたずねられ、同行の五十嵐くん、意味を解せぬまま、
「はい」
と即答する。
手すりが低いので、落ちたらどうなるか、下をのぞきこんでいると、作家のK先生がうしろから近寄ってきて、
人間は五階までなら落ちても死なないんですよ、
といって去っていく。

中篇 大井川鉄道

SLファンにもまれながら、うまれてはじめて汽車にのる。圧倒的に場違いだな

ー、と思いながらも、乗れば乗ったで、楽しい。年季が入っているせいか、雰囲気がある。電燈が半分以上つかなくても、すきま風がはいっても、屋根の塗装がはげていても、車両が小さくても、ひどく魅力的である。
三四郎ぶって、
「滅びるね」
といってみるも、誰も反応せず。車窓を眺める間もなく、大井川ワンカップをのみほした五十嵐くんに至っては、一路別世界。のちに、この旅をふりかえっていわく、「オレは、ソフトクリームを食べているのか、寝ているのかのどちらかだな」。
車掌さんがハーモニカをぶら下げて、一車両ずつまわりながら、一曲披露してくれる。やんややんやの大喝采。窓の下の、お茶置きの下の金具が栓抜きだ、ということを教えてもらう。
石炭で走っているせいか、トンネルに入るたび、車内に煙があふれて火事現場のようになる。トンネルをでると、汽笛がなり、それを合図にみな一斉にがたがたと窓をあける。外の空気が煙を洗って、息をつく。

かえってきた中篇 夢の吊橋

 

うしろでいやな音がした。ふりかえると、想像どおり、町屋でひろったおばさん柄の折りたたみ傘をもった五十嵐くんが喜劇役者のように転んでいた。近寄ると手のひらをすりむいていて、血がたれている。やはり、雪駄で山道を歩くのは危険である。
静岡の寸又峡に夢の吊橋という名前の、湖にかかった吊橋があって、いやに文学的な名前だなと思って感心していると、作家のK先生が、「夢の浮橋ですよ、きっと」といって、驚かされる。とっさに源氏物語が出てくるあたりに、教養の差異を痛感する。
夢の吊橋は、地酒の名前にもなっていて、その酒がまたうまい。いままで、日本酒は手取川だと思っていたけれども、それに匹敵するうまさではないか。今度、日本酒にくわしいY姉に試飲していただき、ぜひとも評価を仰ぎたいところ。

中篇は終わらない レインボーブリッジ

秘境駅というものがあります。定義は、なぜその場所に駅があるのかわかないこと。そして、周辺に何もないこと。車で行けないこと、なのだそうです。
秘境駅の筆頭格が、大井川鉄道の奥大井湖上駅です。湖のうえに浮かぶ島にかかった駅で、この駅に降りるためには、汽車に乗るか、線路を歩くか、カヌーにのって島の断崖をクライムするか、空からとび降りるか、しかありません。一番無難に、汽車にのっていってきました。写真は、線路の脇にある歩道? です。

続々中篇 宴会

 

旅行けば、宴会である。宴会のない旅は一人旅である。そういうわけで、寸又峡の良心的な酒屋兼お土産屋で地酒と麦酒を買い込んで宴会をする。当初の意気込みをよそに、五十嵐くんにいたっては、開始三十分で就寝モードに突入し、何を聞いても「はい」としかいわなくなる。特に話すこともないことを思い出して、黙々とお酒を飲んで、思い思いに眠る。

最後の中篇 エコつまみ

 

手のひらを裂傷した五十嵐くんが、まさに犬のようにぺろぺろ傷口をなめている。なめてなおすつもりらしい。
温泉につけて、なめて、コーヒーをのみながら、なめて、鹿肉を食いながら、なめて、日本酒をのみながら、なめている。酒のつまみがなくなれば、傷口をつまみに、日本酒をのんで、なめて、なめては、日本酒をのむ。まさに「エコつまみ」である。傷口が、もはや塩辛感覚にまで昇華したらしい。
勝手に「うまいけど、痛い。痛いけれど、うまい」の境地に達した五十嵐くんは、翌日ソフトクリームのつまみに傷口をなめはじめるのだが、それはまた別の話。野生の力でもそう簡単には治らない。

後編 伊豆の長八美術館

どうしてもみたい建築のひとつが、伊豆の長八美術館でした。
石山修武の建築で、建築界の芥川賞である「吉田五十八賞」を受賞。左官の技術を結集した美術館とくれば、これはもう見に行くしかありません。石山修武の建築はなんでもみてやろうと思っています。
山中、野生の兎や、低空飛行烏に邪魔されながらも、パリダカのようなラリーコースをいくと、山深い峠道から道が開けて、伊豆のきれいな海が見えます。花とロマンの里、松崎町に伊豆の長八美術館はあります。やっぱり、石山修武の建築は並じゃない。

完結篇 伊豆の長八とは誰か?

伊豆の長八とは、江戸の左官職人で、名を入江長八という。漆喰鏝絵をつくって、内外に名声を轟かせた。漆喰をもって絵を描き、あるいは彫塑し、華麗な色彩をほどこされた絵は、土で描かれた絵画といってもおかしくない。それほどに、タッチは繊細であるし、ゴッホの油絵よりも、さらに肉厚なその絵は、みるものを圧倒する。
絵のなかにはめこまれた立体的な眼や、肉眼でみるこのできない細部の遊び心は、見ているだけで楽しい。
階段の天井に、踊る天女の漆喰は、現代の左官職人からの、長八へのオマージュか。