金子光晴

金子光晴の自伝『詩人』(講談社文芸文庫)を読む。
「家庭をつくり、門をとじ、私財をひろげて自他の境界をがっちりとさせてゆく、家というものに僕は、それほど執着をもっていない。(中略)所有は仮のもので、物は一人から他人の手に不断にうつりあるいて、止まるところを知らない。(中略)人間同士の愛着もそうだ。」
金子光晴の自伝とは、とどのつまりは放浪記である。しかも、かなりみっともない類の。
僕がはじめて詩を知ったのは、宮沢賢治でも、寺山修司でもなくて、金子光晴の無題の詩だった。たった四枚の言葉に、ぬきさしならぬものを感じて、詩集を、本を買い集めて読んだ。
自分に坐る席のない場所に坐らせられる居住まいの悪さというのを、はじめて視た。『詩人』には、伊藤整が描いた『日本文壇史』のような、群像劇はない。あるのは強烈な自我と、あきらめと、紙とペンの彷徨である。