2009年

6月

23日

映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』若松孝二監督

映画『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』若松孝二監督

冒頭、だしぬけに自分の母校が登場して驚く。連合赤軍の創立メンバー・重信房子らが、大学の学費賃上げ阻止運動をきっかけに、赤軍派に身を投じる、すべてのはじまりの場面なのだが、この歴史的一こまに個人的な恨みがないわけでもない。というのも、自分が通っていた大学は、日本で唯一生協が破産した大学であり、それがどうやら、彼等の活動と関係がないわけではないからだ。四万円近く支払った生協加入金が、500円の図書券に化けてしまった。

 

連合赤軍という言葉からイメージできるのは、カップラーメンとナラコム(京橋の警察博物館?においてあった8穴のシステム手帳)、よど号ハイジャック、レバノン、足立正夫、藤原カムイの『アンラッキーヤングメン』、山本直樹の『レッド』、漫画『革命クラブ』のほかは、笑えない喜劇みたいな映画数本ぐらい。もともと政治に対する興味が極端に薄いせいもあってか、何の実感も認識もない。

連合赤軍という言葉は、よく聞く割に、よくわからない。映画をみて、わかったのは、当事者である彼らにもなんのことだかよくわかっていない、ということ。

総括という言葉を筆頭に、耳慣れぬ言葉や空虚な概念が飛び交って、思わず笑いそうになるが、これは一応はフィクションではあるけれども、実際に人が死んでいる場面を再現している。閉ざされた空間の狂気が増幅していく過程が、さもありそうで、気分が悪くなる。リーダーの自己陶酔の極みのような「責任」の取り方は、観ていて気味が悪い。

抽象という概念は、実体がないから、どこまででも昇ることができるが、落ちるときは一瞬である。それが死である必要はないのだが、行き止まりはいつもデッドエンドで、唐突に人が死ぬ。それが何人も何人もと続いていくと、次第に感覚が麻痺していく。

最後まで見て不思議に思ったのは、この映画が面白いことである。感動的な部分も、劇的な成功もない。なのに目が離せなかった。