『凡人として生きるということ』押井守著・幻冬舎新書

押井守による押井守の人生肯定論。

秋葉原という街のシステムを読み解いて、アニメーションや映画と同列に論じ、その差異を「メイド喫茶」などの萌え的幻想の体験を、スクリーンに投影するか、あるいは秋葉原という一つの街を舞台にするかの違い、などと断じるあたり、幻想や虚構の本質を問いかけ映像化してきた押井守らしさが感じられるものの、内容は……。

見出しをみていけばわかるように、「若さに価値などない」、「オヤジを目指して生き抜け」、「仕事と恋愛の違い」、「性欲が強い人は子育てがうまい」など、これが噂の薄氷を薄くして踏む幻冬舎スタイルなのか、押井スタイルなのか、何を意図して、こういう展開になっているのかがまったく読めない。おそらく、誰も押井守の恋愛論に何の期待もしていないのではなかろうか。

自分が面白いと思うのは、『スカイクロラ』を通して語られる「若さ」であったり、『イノセンス』で冒頭「愛が科学になってはいけない理由があるのでしょうか」と語られるような言葉にこめられた、人間の文明化、科学化の多様性から語られる恋愛論とか、多分そのへんなのではないか。

一行目に「映画監督は、映画を語るべきではない」としっかりお断りをしているので、こうした意見は本の読み方としてフェアではないが、この封印を突破した本を是非読みたい。