『グレート・ギャツビー』フィッツジェラルド著・村上春樹訳・中央公論新社

書き出しのあまりの静かなはじまりに、思わず満員電車に乗っていることも忘れて、つい見入ってしまう。

「今日は君に、とてもだいじな頼みごとをしなくちゃならない」

ギャツビーが主人公のニックに、だしぬけにお願いをするところから、うすもやのかかった物語の背景が、さっとテーブルクロスを引き剥がしたように、転換する。

ギャツビーは、ヴィルヘルム皇帝の甥であるとか、人を殺したことがあるとか、オックスフォード出身だとか、かまびすしい噂の持ち主で、豪邸にひとりですみ、夜な夜なパーティを開く、貴族のような雰囲気を漂わせる謎の男。

ニックは、

「人は誰しも自分のことを、何かひとつくたいは美徳を備えた存在であると考えるものだ。そして僕の場合はこうだーー世間には正直な人間はほとんど見当たらないが、僕はその数少ないひとりだ」というような、正直もので、

「自分に嘘をついてそれを名誉と考えるには五歳ばかり年を取りすぎている」。

この一見、相容れない男二人が、ニックの再従弟(マタイトコ)の娘であるデイジーを中心にしながら培われていく、ふしぎな友情と信頼を描きだした、純愛物語。

いまどき、純愛という言葉を使うのは、気恥ずかしくて嫌気がさすが、恋に落ちて、その想いをつげるときの、あまりのつつましい姿に、ばかばかしいぐらいの美しさがあるような気がしました。