『走れ、タカハシ!』村上龍著・講談社

村上龍の膨大な小説のなかで、本書はおそらく、誰の目にもとまらない、平凡な小説であるに違いない。1985年『テニスボーイの憂鬱』(集英社)と87年『69』(集英社)にはさまれる形で83~85年「小説現代」に連載されたものをまとめて、上梓された短編集(86年)。

『走れ!イチロー』(大森一樹監督、中村雅俊主演)の題で映画化されているものの、題材の広島カープの高橋慶彦からマリナーズのイチローに変更されている上、内容も3人の「イチロー」という名前をもった男三人が、再起をかけ、夢を追い、奮闘する物語に変更されている。

正直なところ、著者のあとがき「スポーツ選手の中に、ストーリーを見いだすのは好きではない」(→じゃあ何故スポーツ小説を書いたんだ!)を読んでも、あるいは映画のあらすじをみても、まったく惹かれるところがない。僕がこの本を買った理由は、まさにタイトルだけで、それも至って個人的な看過できない理由があったからだ。なければ、読まない。

それが、面白いのである。

村上龍は、デビュー作で辟易して以来、一部のSF(『五分後の世界』など)をのぞくと敬遠してきた。社会に対する問題意識をもった作品『希望の国の~』の、あのひどい結末とか、極度のナルシストぶりについていけず、思い出して読むたびに失望してきた。

なのに、本書は、エスカレーターみたいに、ある地点からある地点まで自動的に読者を移動させる、龍の持ち味のひとつである文章のうまさと、作品の軽快さがさわやかで、炭酸飲料みたいな後味のよさがある。