『アマニタ・パンセリナ』中島らも著・集英社

中島らものドラッグ・レポート。「ガマすい」を研究してみたり、ペヨーテ(幻覚サボテン)を輪切りにして食べてみたり、やっぱり咳止めシロップやアルコールが登場したり、ステロイドから、らもが大好きなプロレスに突入したり、今まで書いてきたドラッグについて、まとめて書き直した感じは否めない。それでも読んでしまうのはなぜか?

山本夏彦のエッセイに、こんなくだりがある。

 

若い新しい読者が私の古い友にすすめられてわが旧著を四、五冊熱中して読んで言うには「なんだこの人、同じことばかり言っている」。それを聞いた友は「寄せては返す波の音だと思え」と言った。(『一寸さきはヤミがいい』新潮社)

 

中島らものエッセイもほとんどこの状態で、いきつもどりつしながら、「寄せては返す波の音」である。

らもの性質が悪いのは、エッセイだけではなくて、小説でも同じことをやる。『ガダラの豚』(この小説を評して、「僕なら半分で書ける」と書いた脳みそが腐った審査員がいたらしいが、この小説は二十世紀の大傑作。未読のかたは是非)で使ったプロットを、『空のオルゴール』で使ったりするのである。それでも飽きずに読んでしまうのは、それが中島らもの文章だからである。

アマニタ・パンセリナは、毒キノコの「テングダケ」の学名。このエッセイを下敷き?に、中島らもの小説のなかでもっとも美しい純文学小説『バンド・オブ・ザ・ナイト』が書かれた。