『始祖鳥記』飯嶋和一著・小学館

タイトルからすると、椎名誠の『中国の鳥人』を彷彿とさせる、鳥人ものかと思いきや、そうは問屋がおろさない。

本書の主人公、鳥人・幸吉は、一般の銭払いとは一線を画した、「銀払い」の表具師で、若くして最高の名誉を得た創造性のある数少ない職人である。若くして、地位も名誉も手にしながら、幸吉には、どうしても諦められないことがあった。それが、空を飛ぶこと、である。

時代は、徳川時代である。

人間が空を飛べば、それは妖術、妖怪の類として怪しまれることこの上ない。折しも、政治不振で、飢饉、凶作が頻発する政情不安な時代である。毎日の暮しがままならない、町人は、夜な夜な空を飛ぶ、鳥人の噂に夢をみた。

「翼が一丈六尺もあり、頭は人でありながら、胴は蛇のような鱗で覆われ、くちばしと爪は鷲鷹のそれだった」という、元弘の時代、大内裏の紫宸殿に夜な夜な飛来し「イツマデ、イツマデ」と鳴き叫んで後醍醐帝始め、殿上人を奮え上がらせた、世救いの瑞鳥、鵺の夢である。大勢の町人は、何もかもでたらめな藩政におのれの身を挺して、悪政を指弾しつづけた英雄として幸吉をもてはやした。

幸吉にとって、それは悪夢以外のなにものでもなかった。

「人々の賞賛はいつも場違いなもので、やがてそれが己に何をもたらすかは身にしみていた」

ただ空を飛びたいだけなのに、それがまったく別の意味に書きかえられて、獄につながれてゆく。

このハードロックな展開が第一部で、この「鵺の噂」を基調に、「塩」の流通をめぐった徳川時代の金融腐食列島的第二部、その余勢をかった木綿商いで成功をおさめながら、そこには納まりきらない第三部と、物語は重層的な構造で、怒涛の展開をみせてゆく。

個人的には、引用されている山上憶良の歌「よのなかを うしとやさしとおもへども とびたちかねつ とりにしあらねば」や、「最も良質の心を備えた者が、最も酷い目を見る。いつだってそうだ」など著者の人生観が随所に、にじみでているのがいいなあと思いました。

かけ値なしの良書。