『エルメス』戸矢理衣奈著・新潮新書

「エルメス」を「ヘルメス」とよんでいた僕に、この本を語る資格は当然ないが、ブランドの研究の一助として読みました。文中に、取材協力を得られなかったとあるように、「バーキン」も「ケリー」もわからない僕には、写真が数点しかないのが辛い。

エルメスは現在、170年をこえる一族経営の老舗のブランドで、現在、五代目。初代はナポレオン三世の御用達の馬具職人で、自動車の発展とともに、馬具から鞄、スカーフや香水など、何度かの経営危機をのりこえながら、商品の幅を広げていった。

馬具というのは、革のなかでも、頑丈な部類に入り、また落馬などの命にかかわることから、商品の安全性、クオリティの高さを暗示したりもする。

商標の「四輪馬車と従者」は「エルメスは最高の品物を用意するが、それを使いこなすのは顧客自身なのだ」というメッセージが込められているらしい。

読んでいて参考になったのは、商品の名前の由来。タイトルをデザインと同じぐらい重要と位置づけ、ネーミングを見えないデザインとして、デザインするだけでなく、商品に名前をつけるだけで、時代を切り取るイメージを重ねるのは見事というほかない。

たとえば、四代目のデュマが、たまたま飛行機で女優のジェーン・バーキンと隣り合わせになったところ、彼女の鞄があふれんばかりになっていた。見かねた彼が、荷物がどっさり入る実用的な鞄を作ると約束してつくったのが「バーキン」、であるというような、エルメスの伝統を体現する商品が「ケリー」をはじめとする「時の人」の名を冠した鞄であったのに対し、「革新」を象徴する商品には新しい時代を反映する名前がつけられている。

ちなみに、エルメスの社史は漫画である。四代目のデュマが選んだ「馬に乗れる人、馬が描ける人」という条件に一致した竹宮恵子が描いている(『エルメスの道』)。これが唯一の社史というのが、なんといえばいいのか、まさに「革新」の一言に尽きる。