『69 sixty nine』村上龍著・集英社文庫

K先生とサンテと、新宿をぶらぶら歩きながら、バーを探していたら、だしぬけにサンテがコマ劇裏の公園で、「ここに女子高生のバラバラ死体が捨てられてるんですよね」と言い出して、「そうそう」とK先生が相槌をうちはじめる。

村上龍の『イン・ザ・ミソスープ』の話らしく、まったくついていけず。悔しくなって、古本屋をはしごしてみつけるも、七軒とも「イン・ザ・ミソスープ」みたいな本しか見当たらず、その代わりに本書を買う。1969年という年は、最近再燃傾向にあるのか、タイトルに1969年が入っている本を書店で見かけたりする。

この本は、1969年に高校生だった村上龍のまわりでおこったことの一部を書いた小説。

主人公は、「サルトルの全集もプルーストの『失われた時を求めて』もジョイスの『ユリシーズ』も中公の世界の文学も東欧文学全集も河出の世界の大思想も密教全集もカーマスートラも資本論も戦争と平和も神曲も死に至る病もケインズ全集もルカーチ全集も谷崎全集もすべて、タイトルだけ」は知っている矢崎と、生まれながらのプロダクション・マネージャー、アダマが繰り広げる、爽快な青春小説。

豊穣な固有名詞の羅列と、思わずふきだしてしまうギャグに、天使のような美女! 

矢崎の「フェスティバルたい」の一言が、長崎は米軍基地の町、佐世保を青春特有のばかばかしい熱狂の渦にまきこんでいく。バリケード封鎖あり、喧嘩あり、実験映画あり、演劇あり、ジャズあり、文学あり、政治ありのあまりにも楽しいポップな小説。

『走れ、タカハシ』しかり、こういう明るくて楽しい小説は、村上龍の真骨頂なのか。キラーチューン。