2009年

9月

04日

『山谷崖っぷち日記』大山史郎著・角川文庫

「つまるところ、私は人生に向いていない人間なのだ」

大学卒業後、サラリーマンになるも続かず、何度も転職を繰り返すうちに、会社員生活をあきらめ、西成の異界、釜ヶ崎で労務者生活をおくるも、会社員をあきらめきれずに上京するも失敗し、最終的に「山谷」で生きていくことを選んだ著者は、そう結論づけることによって、人生を総括する。

週にニ、三日は必ず顔を合わせていた人が、あるときからふっといなくなり、いなくなったが最後、もう二度とその人に出会うことのない最後の寄場、山谷。

ページをめくる音がうるさいと、唐突に隣人に足の裏を殴られるような、たたみ一畳のベッドハウスに暮す著者が、悲壮感も、焦燥感も、不安感も、羞恥心もなく、淡々と紡いでいく山谷の日常。

たかだか二百頁に過ぎぬ言葉が重い。

「鳶は山谷の貴族である」

や、

「人の身体の臭いは、入浴をしない日数がおよそ一週間から十日ぐらいの時に、まず最初のピークに達するように思われる」

など、山谷に生きる著者ならではの視線にどきりとする。

なかでも、山谷の真のホームレスについての視線がするどく、山谷における重要な階級差は、住居の有無ではないと指摘し、食べ物を漁るか否かだという。

 

「老齢になれば(六十五歳ぐらいで)福祉の手が伸びてくるらしいのだが、労働市場から排除されてから福祉の手の中に飛びこむまで、端境期とでもいうべき時期があり、この時期の人々が山谷の真のホームレス階層を構成している」

 

この最後の転落を前にした著者は、山谷のほかの住人と同じように、何をするでもなく、ただただ流れに身をまかせて、何もせずに、その日がやってくるのを待っている。

著者が、他の住人と違ったのは、宝くじを買うような気持ちで、この文章を書いたことであろう。

現代の「方丈記」と、審査員の絶賛をあびた、開高健賞受賞作。