うなぎの両國

江戸だか明治だか、から続く老舗のうなぎ屋、両國(創業明治十年でした……)に講談を聞きにいく。

丼会(どんぶりのかい)という会で、今年で59年目? だそう。

うなぎと日本酒をのみながら、講談を3席聴く。しかも一番前の特等席で。

いなり寿司、つくね、日本酒、漬物、うなぎの順にでてくる。どれも全部、おいしくて、でも、それ以上に講談が面白かったのが嬉しかった。

二十畳ぐらいの空間に、25人ぐらいが胡坐をかいて畳の上で、日本酒をのみながら、大いに笑うというのは、痛快きわまりない体験。客同士は、周知の間柄なのか、ところどころで「どうもどうも」とやりはじめる。

3席のなかでもとくに、神田琴竜先生の大岡政談がことのほか面白く、講談を決定的に誤解していたことに気がついた。琴竜先生の講談は、もはや落語で、おもわず落語みたいですね、というと、「落語なんて目じゃないわよ」とたしなめられる。

演題は、五貫目? というドタバタ喜劇? で、八五郎と大家と、しみったれの大金持ちの質屋と大岡越前の守の問答がすこぶる面白し。

しみったれた質屋が金をためることに邁進して、周囲をかえりみないことを指摘した大家の台詞、「一斗の米をひとりで食べることはできないし、百畳の部屋で一人で寝てもさみしいだけ」にしびれる。

京葉道路をとぼとぼ歩き、隅田川をこえて、地下鉄の駅の階段をおりる。

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コメント: 2
  • #1

    Kousuke Kageyama (火曜日, 22 9月 2009 23:41)

    ”うなぎ屋の風景”には、こだわりを持っているつもりです。久しぶりに感じた正しい風景の描写を見て嬉しくなりました。
    今僕は訓練でマレーシアのKualaLumpurです。3週間を越え、そろそろ恋しくなってきた日本の匂いを、ありがとう。

  • #2

    千三屋 (木曜日, 24 9月 2009 04:57)

    まさか、クアラルンプールから書き込みしていただけるとは!
    鰻屋はよく行きます。京都の伏見稲荷の鰻屋なんかもいいんだけど、うなぎの両国もまけていない。値段もそこそこするから、そんな気さくには食べにいけないのですが、いなりも、漬物も、うなぎも嬉しいことに全部ホンモノでした。もし、時間があうときがあれば案内します。定期的に講談の会もやっているそうだから、是非参加してみてください。
    風景という言葉で、神山彰先生の「劇場論」の授業を思い出しました。たしか、日本の建築と西洋(ざっくりしてて申し訳ないが)の建築の差異のひとつに、木の建築と石の建築ということを上げられていたかと記憶します。たとえば、ルーブル美術館の礎石がローマの神殿であったり、8メートル地面を掘るだけで、歴史を見ることのできる西洋に対して、日本の建築は木だから、たかだか100年前、200年前の建築を見るために歩き回らなきゃならない、消えもmのです。消えるから美しいというのは、ちょっとおかしいと思うんだけれど、しかし、20年、30年後の風景がどうなっているのか誰にも予測できない都市に住んでいるというのは、なかなかパンクで、いいなと思います。こんな、混沌とした都市は世界広しといえど、日本ぐらいなものではないかしら? 長くなりましたが、コメントありがとう!