『濹東綺譚』を歩く

大手百貨店や高級ブランド、フランスのパリコレ、郵便局の鞄など、革と名のつくものなら、何でも作り続ける革の職人にインタビューをしに東向島にいく。工場というよりかはビルで、土曜日にもかかわらず、終日職人さんが、革を叩く音、ミシンで縫製する音が断続的に聞こえてきて心地よい。簡単にお話を伺う程度に思っていたら、いきなり社長(棟梁?)がでてきて、挨拶もなく、革のロールをわしづかみにして、話がはじまる。2時間を過ぎたあたりで、そろそろ、と切り出しても、まあ坐りなさい。

自分が雑誌の編集者だったら、特集を組んで、一冊の本にできたのに、と思って、残念に思う。

以前、つとめていた出版社で、「町工場の底力」という特集を先輩が書いた。非常に面白い特集だったのだけれど、底力というのは間違いで、町工場の職人がいなければ、商品というものの多くは成り立たないのではないか。既製品の多くは、名前のない町工場そのものである。

東向島というのは、旧名、玉の井で、滝田ゆうの『寺島町奇譚』や、半七捕物帳の舞台になった向島百花園、幸田露伴や吉行淳之助の作品などもあるけれど、もっとも有名なのは、永井荷風が描いた『濹東綺譚』に違いない。

舞台になった、元・玉の井館があったところには現在セイフーストアが威風堂々としており、少し奥まったところにある満願稲荷がみえない。大正道路は、いろは通と改称され、道路の幅以外は原型をとどめていない。線が点になり、気がつくと地図の上から消えている。

最近の住宅は、プラモデルみたいな組み立て式だから、いま、僕達がみている風景というものも、きっとニ、三十年で大きく変わってしまうに違いない。

とぼとぼと水戸街道まで通り抜けて、隘路を歩く。 なぜか、肉屋がおおい。