2009年

10月

28日

『日和下駄 一名 東京散策記』永井荷風著・講談社文芸文庫

「東京」について書かれた本の中に、必ずといって登場するのが、永井荷風の『濹東綺譚』と本書である。大体引用されるのが、序の部分で、

 

「見ずや木造の今戸橋は蚤くも変じて鉄の釣橋となり、江戸川の岸はせめんと(原文ママ)にかためられて再び露草の花を見ず。桜田御門外また芝赤羽橋向の閑地には土木の工事今将に興らんとするにあらずや。」

 

多いのが、本書が描かれたのが大正3年であり、既にその時点からもう、東京市内の勝景が破戒されている、という指摘と、関東大震災前に残っていた江戸の風景の発見、である。

昭和末期生まれの地方出身者には、正直、何の実感も持てないのだけれど、大正生まれ、昭和一ケタ生まれの作家には、特にその思いが強いようで、ノスタルジーが強く、中には、わき道にそれてノスタルジーとは何かという語源的意味にまで突入してしまう本もある。

ただし、小林信彦が何かに書いていたように、生まれ故郷について書く理由などは必要ない、のである。

永井荷風の『日和下駄』は、その点興味深くもあり、

 

「わたくしは友を顧みて、百花園を訪うのは花のない時節に若くはないと言うと、友は笑って、花のいまだ開かない時に看て、又花の既に散ってしまった後来たり看るのは、杜●川が緑葉成陰子満枝(注:杜牧という中国の地方官吏が読んだ、残念ではあるが、目出度くもある的な詩)の歎きにも似ている。」

 

など自らのシニックなところを冷めた視点で描写してみたりと、遊び心も尽きない。一行一行の文章も切れ味するどく、

 

「坂は即ち平地に生じた波瀾である。」

 

は、もはやアフォリズムである。中でもいいなあと思うのが荷風独特の路地への視線。

 

「路地はいかに精密なる東京市の地図にも決して明には描き出されていない。どこから這入って何処へ抜けられるか、或は何処へも抜けられず行止りになっているものか否か、それは蓋し其の路地に住んで始めて判然するので、一度や二度通り抜けた位では容易に判明すべきものではない。」

 

のである。