『夜間飛行』サン=テグジュペリ著・堀口大學訳・新潮文庫

『夜間飛行』サン=テグジュペリ著・堀口大學訳・新潮文庫

この本をはじめて読んだとき、なんと美しい世界があるものか、と息を呑んだ。

有視界飛行の時代である。嵐の中を飛ぶことは、目をつぶったまま車を運転するに等しい。暴風雨にまきこまれた主人公のパイロット、ファビアンの運命は、まさに絶体絶命、激突するかもしれないが、どこへでも着陸しようと最後の決心をし、たった一つしかない照明弾を投下すると、そこは海の上だった。

闇の底に閉ざされ、方角を見誤り、風に吹き流され、彼は針路をも見失っていた。燃料は、あと半時間分しかない。

それでも、ファビアンには、暗がりのなかでハンドルをしかと握り締めて戦い続け、自分の運を試すこともできた。が、彼はそうしなかった。それが陥穽だと知りながら、光を求めて身を焼く羽虫のように、彼は光明への渇仰に身を任せて星の光を求めて、思わず上がっていってしまう。

 

「彼は螺旋を描いて、しだいに、その開かれた井戸を上って行った。井戸は上って行く彼のあとから閉ざされていった。(中略)

 彼の驚きは極端だった、理由は、あまりの明るさに、めまぐるしいほどだったので。数秒間、彼は目を閉じなければならなかった。夜、雲が、まぶしいほど光るなぞとは、これまでの彼には信じ得ないことだった。ところが、満月ともろもろの星座とが、今このように雲を輝かしい波のごときものにしているのだ。

 浮び上がったその瞬間、機はいきなり、静けさの世界に入り込んでいた。機を傾斜させるうねりなぞ一つもなかった。堰を乗越えた舟のように、機はいま静かな水に浮かんでいた。(中略)

 ファビアンは不思議な天体の外圏に達したのだと思った、なぜかというに、彼の両手も、着衣も、機翼も、すべてが光を放ち始めたので。(中略)

 彼の下にある雲は、月から受ける雪のような光をことごとく反射していた。塔のように高い左右の雲からも同じく光が反射していた。あたり一面を満たして、光の牛乳が流れていた、そしてその中で、機がゆあみをしていた。」

 

堀口大學の文章がいい。一文一文が一篇の詩である。

 

「見たまえ、恋愛にニの足を踏ませる彼のあの醜さがなんと美しいことか」

「愛する、ただひたすらに愛するということは、なんという行き詰まりだろう!」

「君が追いかけているものは、やがては君自身の中に滅びてしまう」

 

時代錯誤とは言わせない。

無論、それだけではなくて、「何もかも、すべてことごとく職業化している人生を、その楽屋裏から覗いている」ようなサン=テグジュペリの視点。あざなえる縄のように交差する生と死の隙間から見える、人間の土地、束の間の真実。

「人間の生命には価値はないかもしれない。僕らは常に、何か人間の生命以上に価値のあるものが存在するかのように行為しているが、しからばそれはなんであろうか?」

深い沈黙と、屹立した孤独。

サン=テグジュペリにとって、飛行機は、決して目的ではなく、手段である。

言葉をつむぐための。

 

「会社は日ごろから口癖のように言っている、郵便物は大切だ、郵便物は生命以上に大切だと。そうかもしれない。三万人の恋人たちに生きがいを与えるものだもの……。恋人たちよ、もうしばらく我慢したまえ! 夕明りの中を、諸君の方へ、いま飛んでいます。」

 

かつて郵便配達に、生命をかけていた時代があった。