『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR no.01 東海道本線』朝日新聞出版

『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR no.01 東海道本線』朝日新聞出版

1872年(明治5年)に新橋~横浜間が開業してから、1914年(大正3年)まで、帝都・東京は、鉄道の空白地帯であった。日露戦争当時、皮肉にも軍艦一隻分の建築費をかけてつくられた赤レンガ駅舎の東京駅は輸送上の大きな障害だったんである。1945年(昭和20年)の関東大空襲で焼け落ちてしまうものの、1872年(明治5年)10月14日、日本の鉄道の夜明けをつげた新橋~横浜間の開業以来、東海道本線は歴史を刻みつづけてきた。

東海道本線とは、東京から神戸を指す。神戸駅5番線の距離標(キロポスト)には、0とある。ここで東海道本線が終わり、山陽本線がはじまるのだ。知らなんだ。構内レストランには貴賓室も残っているという。

雑誌が楽しいのは、雑多だからである。

横浜~沼津間の相模橋梁(馬入川橋)の脇のコンクリの飛び石は、ゴミじゃなくて、関東大震災で倒壊した橋脚の一部であったりとか、蒸気機関車の、例えばC62形の場合、Cはアルファベットで3番目、したがって動輪が3軸、Dなら4軸という記号であったりとか、‰(パーミル)とかいう親しみのない単位に出会えたりするんである。

日本人ではじめて汽車にのったのは中浜万次郎とか、日本ではじめて蒸気機関車の模型をつくったのは佐賀藩の「からくり儀右衛門」とよばれた田中久重であるとか、日本の鉄道の父と呼ばれたエドモンド・モレルの妻は、日本人かイギリス人かでもめていることまでも、たった一冊でわかってしまう。390円で。