『蚊學ノ書』椎名誠編著・集英社文庫

『蚊學ノ書』椎名誠編著・集英社文庫

あいつの名前が知りたい。三谷幸喜の舞台『バッドニュース☆グッドタイミング』ではないけれど、いい心地で眠ろうとするときに限って、やってくるあいつの名前を。名前を知ったところで、どうということはないのだけれども、

 

「蚊に血を吸われるのとゼイキンを沢山払うのとは嫌いである。(中略)兵役のない平和なニッポンで、血税のシンボルみたいな奴は、吸血の虫、特に蚊である」

 

とは奥本大三郎の言であるけれど、よくぞ言ってくれた。

耳元でブーンとうなる、毎度おなじみの蚊は、アカイエカ。勝手に漢字にすると赤家蚊(胸部が赤く、人の生活圏内に生息するため)か。

読んだ字そのままの、アカイエカをさらに1ミリ小さくした、コガタアカイエカは、日本脳炎ウィルスを媒介する蚊としても知られ、吸血する時間帯が、午後9時ごろと午前2時ごろと決まっている。

このほかにも、数多くの蚊が紹介されているが、圧巻は、現代文明が産んだ蚊、チカイエカ。無吸血でも産卵するという特徴! を持ち、その名のとおり、都市化がすすんだところ、ビルの地下のため水、水洗便所の浄化槽、地下鉄の路線際の溝が発生源に。アカイエカと生態的に、区別がつかないが、冬期でも発生する剛の者。

本書は、椎名誠が編んだアンソロジーで、蚊取線香のごとき身近で蠱惑的なものの歴史をひもといたり、蚊の落語、蚊のデータ、蚊の伝説、図鑑など盛りだくさんで、そのほかに、いかにも椎名誠が面白がりそうな世界仰天蚊体験談、

 

「アマゾンの蚊も夕方六時頃からやってくるね。ある日川で釣りをしていたら向いの川岸を大入道が歩いていくんですよ。それがね、ものすごくでっかいの。身の丈だいたい五メートルぐらいの人間なんだ。ただ全体がフワフワしてよく輪郭がつかめないんだね。アレレ、変なやつがきたなあ、と思って見ていたらやがてそのフワフワした大入道の中に小さい普通の人間の、”芯”があるのがわかった。つまりそれは人間にとりついている蚊柱だったんだね」(松坂實)

 

がおそめられている。

椎名誠読者にはプレイバックの要素が強く、そこまでは楽しめないのが残念か。数多くおそめられたエッセイのうち、開高健の文章が光っている。やはり文豪。一味違う。