『スルメを見てイカがわかるか!』養老猛司・茂木健一郎・角川oneテーマ21

「「私」という世界でたった一つの存在は、脳によって生み出されている。「私」がどのようなことを思い、考え、感じるかは、大きさが一リットルほどの脳という臓器によって決まっている。」(茂木健一郎)

 

脳の持つ潜在能力は、いまだ解き明かされるのことのない深海の世界と同様に、眠っている。たとえば、オーストラリアのアラン・スナイダーやアメリカの神経学者・オリヴァー・サックスがつまびらかにしているように、「サヴァン能力」といわれる、脳のメカニズムがある。マッチ棒をバラッとまいたら、一瞬でそこに何本あるか分かってしまったり、一度だけしかみたことのない風景を寸分たがわず描写できてしまう、自閉症の一部のサヴァンと呼ばれる人たちが特定の領域で天才的な能力をしめすことで、アラン・スナイダーは、その研究において、ひとつの結論をだしている。それは、サヴァンたちが示すような能力はノーマルな人の脳の中にも潜在的にあるのだが、なんらかの理由でその能力が抑えられているのだと。つまり、新しい能力が付け加えられているのではなくて、抑制がとれて表面に出てきているのだというのである。

脳の世界の魅力を、世に解き放った二人の著者の対談の割りに、ボリューム感がないのが残念ではあるけれども、脳の肥大化、身体をこえた、たとえば自分の所有物、にまで自分の範囲というものが広がっていることを、自分の車が他人にけられれば頭にきたりすることを例示して指摘したり、嘘をつくのは自然と形式の関係において発生する、などの養老節は健在。

著書の題は、養老猛司が、長年解剖をやりつづけてきたときに、言われつづけてきた言葉「あんた、人間加工して、人間のことを研究してるっていってるけど、それはスルメからイカを考えてんじゃないの」から。

ここでいう、イカというのは生きている対象物で、スルメとは止まっている(あるいは死んでいる)対象物の比喩。大学にいくと馬鹿になる、という世間の常識が、つまり、スルメ、止まっている現象の研究に向かっていて、生きている現象に直面していないことを指摘している。

ところで、近所のスーパーにおいてある「生スルメイカ」とはなんなんだろう。

見た目はまさに刺身……。