『赤朽葉家の伝説』桜庭一樹著・東京創元社

『赤朽葉家の伝説』桜庭一樹著・東京創元社

赤朽葉家は、山陰地方の、日本海と中国山脈にはさまれた土地、鳥取県西部の紅緑村に君臨する旧家で、この真っ赤な大屋敷に、シンデレラのように嫁いだ娘がいた。それが、のちに「千里眼奥様」と呼ばれる、赤朽葉万葉である。

万葉は、もともと、この村の人間ではなく、それどころか、正確にいうと、日本人ですらなかった。「サンカ」「ノブセ」「サンガイ」などと呼ばれる、山脈の奥に隠れ住み旅する一族の娘で、物心着く前に、紅緑村の井戸に置いていかれた。以来、苗字をかりて、多田万葉として育てられていたのを、赤朽葉の大奥様として君臨していたタツにみそめられたのだ。

万葉には、不思議な能力があり、文字が読めないかわりに、ときおりおかしな方法で未来が見えた。高いところにのぼったときに多く、ふと未来が目の前を通り過ぎた。それはどう注意し、備えたところで変わるものではななかったから、ほとんどの場合、万葉は誰にも告げず黙っていたが、請われれば言った。

石油ショックを予言して赤朽葉家の家業を救うも、その能力は制限なく、未来に開かれていたせいで、視たくもなかった最愛の息子の運命を一瞬の間に幻視させもした。万葉は、息子が死ぬまでの20年の間、幻視した未来に苦しめられ、微笑みを失ってしまう。

赤朽葉家の歴史は古く、家業として代々、製鉄所を経営していた。それは神話の時代にまで遡る。

赤朽葉家の先祖は、朝鮮半島から渡ってきてこの紅緑の山間にすみつき、この国にはなかった製鉄技術を伝え、たたら場の長として君臨した、と村の口伝につたえられていたが、日本書紀に登場する八岐大蛇伝説をあてはめて考えると歴史は少しかわってみえる。

八つの頭と尾を持ち紅蓮の炎を吐く大蛇は、たたら場から流れる鉄の、紅蓮の川の神話的比喩であるという。つまり、八岐大蛇とは、八つの紅蓮の川、すなわち、製鉄技術をもつ土着の人々の象徴であり、八岐大蛇を退治するためにやってきた須佐之男命とは、海を渡ってやってきた赤朽葉家の人々にほかならない。英雄として語り継がれてきた赤朽葉家の先祖は、あるいは古くからの人々を倒し、土着の神々を蹴散らして新しい神々を連れてきた侵略者だったのかもしれない。それから永い時間がたち、近代になって、たたら場を、さらに神々の場所を潰して、ドイツ仕込みの溶鉱炉をもつ、赤朽葉製鉄所を建設した。

製鉄所の職工たちは事故が起こるたびに、近代化の宿命として切り捨ててきた、たたりを恐れる気持ちが強くなり、怨霊がいる、とふるえていた。万葉が是非にと請われて嫁に望まれたのは、近代合理主義がおしつぶした、日本の古い心を、万葉の、辺境の人の血脈に救いを求めるような意味があったのかもしれない。  

大奥様として君臨し、「名前が運命を変えるのではなく、運命が名前を呼び寄せる」と独特の名付をし、一族の運命を描いたタツ。

千里眼奥様として、数々の未来を見通し、赤朽葉家の繁栄を守り続けた、万葉。

中国地方を制圧した暴走族・製鉄天使をひきい、またその物語を少女漫画家として書き残した万葉の長女・毛毬。

物語の語り手であり、語り継がれた伝説を検証し、万葉の残した最後の謎を自らの力で読み解いた、毛毬の娘、瞳子。

四代に渡る、一家の、永い物語を通じて、日本の、うねるような半世紀を丹念に描き、現代に生きることの暗渠をこじあけようとした労作。

久々に読んだ、壮大な叙事詩。