『盗まれた街』ジャック・フィニィ著・福島正実訳・早川書房

『盗まれた街』ジャック・フィニィ著・福島正実訳・早川書房

フィニィの『盗まれた街』は何度も映画化(原題の「THE BODY SNATCHERS」や「インベージョン」など)されており、ご覧になられた方も多いかもしれない。記憶違いかもしれないが、中学生のころ、深夜映画で、宇宙人に寄生された人間をみわけるサングラスをかけて、侵略してきた宇宙人と戦う映画をみた。

サングラスをかけると自分の生まれた街が、実はもうほとんど宇宙人にのっとられていて、愕然とする。主人公は自分の生まれ育った町、仲間を守ろうと、決死の戦いを挑むが、多勢に無勢、宇宙人らに追い詰められてしまう。最後のシーンが圧巻で、街中の人間という人間に追いかけられるのである。ただ、追いかけられるだけなのだが、どんな恐怖映画よりも怖く、画面から目が離せなくなった。どこに逃げようにも、寄生されたうつろな人間が街中をうろついていて、安全な場所などないのである。主人公たちは、この絶望的な状況の中を、ただただ、力の限り、走り続けるしかないのである。力尽きれば宇宙人に捕まえられて寄生されてしまうのだ。主人公は、恋人の手をひき、街の路地を、下り坂という下り坂を、全力でかけおりていく。飛ぶように。

この視覚的効果が絶大で、手に汗にぎりながら、この先どうなるんだろうと、画面に釘づけになった。最後は、まさかの展開が待ち受けているわけだけれども、こうした、画面をうめつくすような人間の集合体に追いかけまわされるという場面が、頭に焼きついたまま離れない。多分、フィニィの小説の映画化なのだと思うが、ツタヤでは見つけられなかった。ご存知の方は教えてください。

 

原作には、当然、サングラスはでてこない。

アメリカ西海岸沿いの小さな街、サンタ・マイラで、ちょっとした違和感を感じ始める人間がでてくる。叔父さんが叔父さんではなくなった、自分の娘が娘ではない、子供たちが学校の先生が先生ではなくなった、と開業医のマイルズに訴えるのだ。自分の手にあまると判断したマイルズは、心理学者の友人を呼んで診察してもらうが、彼らに異常は見当たらないという。異常なのは、伝染病のように同時多発的に、同じ妄想を抱いた人間が同じ街にいることだった。はじめ、心理学者はヨーロッパで猖獗(しょうけつ)を極めた舞踏病や、1944年、マットゥーンの町で起こった集団ヒステリーの一種ではないかと考えたが、マイルズの元に、作家のジャックが浮かぬ顔をして現れて、事件が大きく動き出す。

ジャックが、マイルズにある死体を見て欲しいという。死体には指紋がなく、人間そっくりな形をしているが、人間ではなく、死体ですらなかった。それは人間に変貌しつつある、未完成の何か、だった。

マイルズとジャックは、過去の文献を調べ、あらゆる生物に次々と憑依し続ける、巨大な種子莢に行き当たる。この種子莢は、憑依する対象が眠っている間に空気中の水分をもとに、対象のもつ記憶、知識、癖、身体的特徴など、ありとあらゆるものをダウンロードし、それが完了すると、オリジナルに憑依して、オリジナルになりかわるのだ。憑依は着々と進行しており、一週間前に、夫が夫ではなくなった、と訴えていて小柄な女は、迷いから覚めました、と安堵と喜悦に身をよじりながら、機械的な微笑を浮かべている。

眼下に横たわる、生まれ故郷からは、日常の活動が失われており、屋根やポーチの修繕はおろか、ガラスが割れたのさえなおしていない。庭はほったらかしで、たった数週間の間に、廃墟のようになっていた。サンタ・マイラはこの種子莢にほとんどのっとられており、憑依された博士は、スコットランドの物理学者にして、絶対温度の創設者である、ケルヴィン卿にならって、彼らがはるか宇宙の彼方から漂流してきた生命体である、という。

ある惑星がゆっくりと、測り知れぬほどの時間のうちに滅びようとする。この生命体は、死滅に備えなければならなかった。時間は充分にあり、彼らは、彼らが遭遇するであろうあらゆる可能性のあらゆる環境のもとに生きるあらゆる生命体の、どれに対しても順応し、同化できる能力を開発し、惑星を離れて飛び立ったのだ、と。完全な寄生生物として。

寄生された、元・マイルズの友人たちはこぞって、寄生された後の世界観が案外悪いものではないとすすめてくる。ストレスもなければ不安もなく、平和で、穏やかで、食べ物は依然としてうまくて、読書だってできるんだ、と。

でも、とマイルズは静かに言葉をかえす。

「しかし本を書くことはしなくなる」

という。

「ものを書こうという意欲も、苦しみも希望のなくなる。いや、ものを創造しようという感情を感ずることさえなくなるんだ。」

と。説得工作が失敗に終ると、今度は力づくでマイルズらを転身させようとする。その魔手をすんでのところですりぬけると、今度は、街中の人間がマイルズたちをつかまえようと総出で追いかけてくる。

息をひそめ、暗闇の中にまぎれ、なんとかして街の外に逃げ出そうとするも、街の出入り口にはバリケードが敷き詰められ、脱出不可能なことを知る。そこで、マイルズたちは、文字通り、命をかけた最後の反撃にうってでる。

SFの古典中の古典。ペダンティックな会話の応酬がたまらない。とても1955年に書かれたとは思えない。まさに不朽の名作。