『黄昏の岸 暁の天』小野不由美著・講談社文庫

登極から半年後の戴の物語。

驍宗が反乱鎮圧のために赴いたまま、謀略にまきこまれて行方不明となり、麒麟の泰麒は何者かに襲われ、麒麟としてもっとも大切な、角を失い「鳴蝕」を起して蓬莱に流されてしまう。

戴には偽王がたち、妖魔が跋扈。行く末を案じた将軍・李斎が片腕を失いながら、命からがら景国に助けを求めてやってくる。

本編の中心にすえられているのは、世界を天帝がつくったのだとしたら、ではどうして、貧富の差、環境の差がうまれたのだろうか? という、おそらくは作家自身の、世界への疑問。

戴の国の将軍・李斎は、

 

「世界は天帝がお作りになったのではないのですか。ならばなぜ、天帝は戴のような国をお作りになったのです。あれほど無慈悲な冬のある--私が天帝なら、せめて気候だけでも恵まれた国を作ります。冬に凍ることも夏に乾くこともない、そういう世界を」

 

と問う。

そもそも天は民の人柄を見比べ、最も王に適する者に天命を授ける、という。ならば、実在する天が王座を定めるのならば、なぜ天は王を守らないのか。

李斎との景王・陽子の問答を通して、

 

「もしも天があるなら、、それは無謬ではない。実在しない天は過ちを犯さないが、もしも実在するなら、必ず過ちを犯すだろう」

 

という、自身の王としての経験に裏付けられた言葉にたどりつく。

 

「人は自らを救うしかない、ということなんだ-ー李斎」

 

と。

二人の問答の果てに、実在の真の神の一人、西王母、が登場して、物語は大きく動き出す。