『1Q84 BOOK1<4月-6月>』村上春樹著・新潮社

1Q84』は、question mark の「Q」を背負った、書き換えられた1984年の世界。

 

スポーツインストラクターの青豆雅美が、タクシーの後部座席で、ヤナーチェックの『シンフォニエッタ』に耳をすませていたら、だしぬけに運転手から奇妙な提案をされる。首都高速は地獄の渋滞で、このままでは間に合わない。もし時間までに約束の場所にたどり着きたいのならば、エッソの広告の脇に非常階段がある。それを使って地下鉄に乗り換えれば、間に合わないことはない。ただし、それは「普通ではないこと」であり、そういうことをしてしまうと、「そのあとの日常の風景が、なんていうか、いつもとはちっとばかし違って見えてくるかもしれない。」と暗示的なことをいう。

「でも見かけにだまされないように。現実というのは常にひとつきりです」とダメ押しの助言をする。発言は唐突であり、奇妙としかいえないが青豆は、トヨタのロイヤルサルーンの運転手の言葉にしたがって、そのまま物語の深い井戸をおりるように、1984年から『1Q84』につながる危なっかしい非常階段を、ハイヒールを脱いで降りていく。

村上春樹の物語の十八番ともいえる、導入部である。 

 

1Q84』は、作家自身の解説によれば、「10歳で出会って離れ離れになった30歳の男女が、互いを探し求める話」(読売新聞)という極めて単純な物語で、バッハの平均律クラビーア曲集のフォーマットに則って、長調と短調、青豆と天吾の話が交互に続いている。

 

もう一人の主人公、川奈天吾は、筑波大学の「第一学群自然学類数学主専攻」を卒業し、代々木にある予備校の数学講師をしながら高円寺の小さなアパートで小説を書いていた。

「文章を書くことは、彼にとって呼吸をするのと同じようなもの」で、モンブランの万年筆とブルーのインクと、四百字詰め原稿用紙があれば十分で、週に一度、人妻のガールフレンドとセックスをする。

「一人だから、たいしたものは作らない。かますの干物を焼いて、大根おろしをする。ねぎとアサリの味噌汁を作って、豆腐と一緒に食べる。きゅうりとわかめの酢の物も作る。あとはご飯と白菜の漬け物。それだけだよ」

冷蔵庫は整理されていて、ガスコンロは磨かれている。

テレビはない。

 

二人の共通点は、小学校三年、四年のときに少しだけクラスが同じだったというぐらいで、ほかにはない。強いていえば、放課後、無言の握手をした。ただそれだけである。だが、それが二人にとっては決定的だった。青豆が転校してから20年間、一度も会っておらず、これといった会話一つ交わしていないにもかかわらず、二人はお互いを運命の相手だと感じていて、お互いそのことを知らないまま、二度と交わることのない人生を生きていた。

青豆が「普通ではないこと」を選択をするまでは。

 

問題ある男たちの首筋に鋭い針を刺して殺害する女。

新人賞の応募作を天吾にリライトさせ、文芸誌の新人賞を狙う才人編集者。

初潮前の少女を犯すことに喜びを見出した新興宗教のリーダーに、筋骨たくましいゲイの用心棒。輸血を拒否して進んで死んでいく信仰深い人々、妊娠六ヶ月で睡眠薬自殺をする女性、ディスレクシア(読字障害)の女子高生。

単純素朴な物語が縦と横にからまり、気がつけばプロットはぐっと緊密になり、わかちがたく結びついている。

濫觴から村上春樹ワールド全開の物語。