2010年

7月

03日

『ゾマーさんのこと』パトリック・ジュースキント 画・ジャン=ジャック・サンペ 池内紀訳・文芸春秋

ゾマーさん、という人がいた。

ゾマーさんは村で一番の有名人だった。なぜか?

それは、単純にいつもどこかで見かけることができたからだ。

朝早くから夜遅くまで、雪や雹(ひょう)がふっても、土砂降りの雨の日でも、ハリケーンが襲ってこようと、いつも歩いていた。土地の漁師は、日の出前にゾマーさんが出かけていくのを見たといい、主人公の僕が眠ろうとして、うつらうつらしていると窓の外に、影のように歩いているゾマーさんがいた。

つまり、毎日そこかしこを歩いているのである。目を開けば、どこかで必ず、ゾマーさんをみかけることができるのだ。

 

冬は黒いオーバーを着て、足にはゴム長靴、ハゲ頭には毛糸の帽子をのせている。

夏場、それは冬以外ということなのだが、黒いリボンのついた平べったい麦わら帽子をかぶり、亜麻製でキャラメル色をした夏服に半ズボン。ぶかっこうな登山靴を履いている。

半ズボンの下からつきでた細長い脛は、季節をあらわしていて、

 

「三月、その足はまっ白で、静脈瘤にインクのような青い血管が網目をつくって走っていた。ニ、

三週間すると早くも蜂蜜色に灼け、七月には服やズボンと同じキャラメル色になっていた。秋には太陽と風と天候によって暗褐色になめされて、静脈瘤と腱と筋肉との区別がつかない。いまやその足は表皮を剥がれたアカマツの枝とそっくり。十一月に入ると長ズボンと黒いオーバーの下に隠れる。明けて翌年、まっ白な脛としてふたたびお目みえ。」

 

といった具合に一年を刻んでいる。

ゾマーさんが必ず持ち歩いているものが二つある。

くるみの木でできたステッキとリュックサックだ。

リュックサックにはバターパンと水筒と折りたたまれた雨具のほかは何も入っていない。

何故、のべつまくなしに歩きまわっているのか。それは、誰にもわからない謎だった。

車を走らせることもできない雹の中を、ゾマーさんは歩いていく。

呼び止めて、「お乗んなさい! ひどい天気です、おうちまで送りましょう!」といったって無駄なんである。委細かまわず歩いていく。

口をあけても、

「ほっといてもらいましょう!」

ただそれだけである。

まるで狂ってる。こういう印象は村中で共有されていて、ゾマーさんは、クラウストロフォビア(閉所恐怖症)である、だの、まるでゲートの中にはじめて入った二歳馬のように、椅子に坐ると痙攣する、だの、グリム童話の『六人男、世界を股にかける』に出てくる駆け男(一日で地球を駆けめぐった人。家に戻ると足のひとつを外して革ひもで吊るす)だの、足が一本多いだの、皆、口々に噂している。

そのゾマーさんがあるときを境に、ぱったりと姿を見せなくなった。警察に失踪届が出され、新聞に写真入で、捜索願の記事が出た。写真の下に名前があり、そこには、マキシミリアン・エールンスト・エギディウス・ゾマーと書いてあった。

誰もが勝手な憶測を述べ、

「完全に頭がイカレたってわけだ」

おおかたの一致した意見だった。

ただ一人、主人公の、僕をのぞいて。

 

語り手の僕が、少年時代の思い出――待ち合わせをしてふられてしまった「迷子石」(石の真ん中が蹄の形でへこんでいる。はるか昔、村の農夫たちが近くに協会を建てたのに腹を立てた悪魔がふみつけた際の足跡)やはじめて乗った自転車の「機械的回転衝動保持の法則」、大嫌いなへスラーと大好きなディアベルリのピアノ――を綴った極めて、地味な作品である。これを縦糸とすれば、ゾマーさんという不思議な人物をめぐってのことが横糸になっている。

 

それから数年が経ち、ギナジウムの5年目に入った僕は、湖の中へと歩いて行くゾマーさんをみた。あとには、湖面に浮かんだ麦藁帽子だけが残されている。

不思議な後味がのこる、小さな贈り物。

 

著者のパトリック・ジュースキントは、18世紀のパリ、次々と少女を殺し、その芳香を我が物とした匂いの魔術師、あの『香水 ある人殺しの物語』の作者でもある。

すこぶる辛口なドイツの作家。

原題は『ゾマー氏の物語』。