『海の変化』丹羽正著・創藝社

丹羽正は、小川国夫と同人雑誌『青銅時代』を創刊した純文学作家。思春期特有の、夢や理想が破綻する過程を、独白と風景で描いている。

『海の変化』は短編集で、四編がおさめられている。

夜にみた夢からはじまる「海の変化」は、

 

《自分ハ、カクテル・ドレスカ何カヲ着テ、デパートノ飾窓ニ陳列サレテイル人形ノヨウニ、真空ノ硝子箱ノ中ニ入ッテイルノガ一番フサワシイ人間カモシレナイ。ソシテ、ソレハ或ル意味デ、自分ガ心ノ奥デ願ッテイルコトダ》

 

と感じている、典子の視点から語られている。

典子は「十七で成長が止った方がいい」と考えている、「役に立つことは何も出来ない」典型的な箱入娘で、醜さを何よりも嫌い、《性ヲ感ジサセナイモノガ本統ニ美シイノダ》と信じている。また、

 

《本統ニ生々トシタ人ハ、自分ナンカニ欺カレハシナイノダ》

 

という典子の独白が表象しているように、丹羽が作品を通じて抽出しようとしているのは、現実世界との決定的な距離感である。

典子の影として描かれる、醜い現実としての表象でもある、いわくありげな親戚の子、敏雄は、跛ではあるが買出し、掃除、料理と一通りのことはてきぱきと小器用にこなすことができるが、典子とは決定的な距離があり、同じバスにのっても「敏雄は、典子の横に坐るのを憚って、四つ前の座席」にいる。

この距離感は、そのまま、典子と醜い現実との距離であり、朝食の席での祖母の言葉、けんさんという乞食とすれちがったときのこと、河に投げ込まれた裸の少女、百貨店でみたマネキン、学校の先輩だった夏子の弟のエーゲ海の島での写真、自分の手をつついた黒い鶏、など一日の出来事と自分自身の間がずれていることを違和感として描いている。

その他の短編も、やはり、現実と距離のある日陰者の視点から語られており、「子供の領分」では、お祭りで今までほんの脇役にもしてもらえなかった少年・敏坊が、ふとした拍子に、お祭りに参加できる「赤い法被」をかりられることになる。

ただし、赤い法被は男用ではなく、女が着るもので、正式に参加できるわけではないのだが、偶然、親戚の少女、雅子が、山車の主役に抜擢され、自分も雅子と同じ、主役になれると錯覚してしまう。妄想がいきすぎて、夢と現実があべこべになりはじめ、

 

「自分の成り度いものになれない筈はないという考えが、又、頭の片隅で閃めいた。夢ではいつもそうだった。夜の祭は彼には夢と同じようなものだ。」

 

と、本来脇役にもなれない現実を忘れて、周囲の制止をふりきって、山車にのりこもうとするが、ロックアウトされ、目の前でバラ色に輝いていた夢の世界が、醜い現実の前で、バラバラにくだけちる。

「夏の贈物」でも、「人より、自分には生きる力が乏しいのではないかという予感」をもった少年が主人公で、「完全な自己充足の表象である」友人、滝に、やわらかく拒絶される階梯を描いている。

作家として無名におわった丹羽正の眼前にそびえたっていたのは、抗い難い、現実の壁だったのだろうか?

 

この一冊は、古本屋店主であられる、Paradis(パラディ)岩崎さんのご好意で読むことができました。ありがとう存じます。