『オシムの言葉』木村元彦著・集英社文庫

サッカーをモチーフに、自分の哲学を語り、プレーや試合についての言及が、時に人生の真理をつく。朝日新聞のオシム監督の連載を読んでいたら、目が離せなくなり、あわててバックナンバーを探しに図書館に走った。

スポーツの記事で、結果よりも面白いと思った文章は他にない。

魅力的な言葉を以下に抜書きしてみよう。

 

アイデア

「アイデアのない人間もサッカーはできるが、サッカー選手にはなれない。」

 

ベテラン

「ベテランとは第二次世界大戦の頃にプレーしていた選手」

 

攻め

「サッカーとは危険を冒さないといけないスポーツ。それがなければ例えば、塩とコショウのないスープになってしまう」

 

コーチ学のライセンス受講中に

「教師がこういうメニューがある、と黒板に書いた段階ですでに過去のものになっている」

 

攻めることの難しさについて

「家を建てるのは難しいが、崩すのは一瞬」

 

大嫌いな日本語

「私には、日本人の選手やコーチたちがよく使う言葉で嫌いなものが二つあります。『しょうがない』と『切り換え、切り換え』です。それで全部を誤魔化すことができてしまう。『しょうがない』と言う言葉は、ドイツ語にもないと思うんです。『どうにもできない』はあっても、『しょうがない』はありません。」

 

ユダヤ人の諺

「ユダヤ人が結束が固いのを知っているだろう? 彼らには『2回までは助けろよ』という諺があって、3回目は助けない。」

 

言葉

「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。私は記者を観察している。このメディアは正しい質問をしているのか。……新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」

 

戦争

「人々は私の話になれば、良かったね、素晴らしいと美談にしてしまう。しかし、そんなものではない」

「確かにそういう所から影響を受けたかもしれないが……。ただ、言葉にする時は影響を受けていないと言ったほうがいいだろう」

「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が……」

 

専攻

「専攻は数学。これはサッカーの役に立っていると思う。ロジカルに考える習慣がついた。誰を誰のマークに行かせるか考えて、足したり、引いたりする。それでも最後は11人。」

 

パルチザン・ベオグラードの要職にあるコバチェビッチはオシムについて、「例えばオシムとウィスキーを酌み交わしたとしよう。朝まで話題はサッカーだけだ。シュワーボの頭の中にはサッカーしかないのだ」という。

イビツァ・オシムは、1959年、サラエボのジェレズニチャル入団をかわきりに、その現役生活12年間で85得点をあげた。特筆すべきはその間、イエローカードを一枚も提示されていないことであろう。サッカーに熱中していたころ、親に買ってもらったゲーリー・リネカーの本にも、同じことが書いてあったが、寡聞にして他に知らない。

オシムの『リスクを冒す哲学』は、オシムの生き方と密接にかかわりあっている。

 

「私の人生そのものがリスクを冒すスタイルだったんです。前も話しましたが、プロとしてプレーする時も、最初は大学で数学を専攻していて、数学の教授にもなれたし医学の道にも行けた。でも、自分がサッカー選手として、この先やっていけるかどうか分からない状態でも、私はリスクを背負ってサッカーの世界へと飛び込んだ。だから、私はサッカー人としてリスクを背負っている。これはあくまでプライベートな私のリスクですが」

 

また、オシムは、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、ふたつの文字を内包したモザイク国家、ユーゴスラビアの分裂を全身で受け止めた最後の代表監督でもあった。

「彼らは真剣に心配していた。『(代表に)行けば、(味方から)自分の村に爆弾が落とされる』。そんな状態の時に『来い!』と言えるはずがない。」

「そこまでして、代表のために人を呼べるほど私は教育のある人間ではない」

その苦悩が、どういうことか推し量ることのできる人間はいない。

それゆえに選手に対する愛情も深い。

オシムが、ジェフの監督に就任し、キャンプ場にやってきたとき、選手との初顔合わせで、通例どおり、所信表明をもとめられると、右手を軽くふって断った。

スタッフを尻目に、選手のテーブルに近づくと、裏返した拳でひとりひとりの食卓をコンコンと二回ずつノックしてまわった。

一周すると、自席について、食事をはじめた。

みんなポカンとしていたが、それは選手達が怪我をしないようにとの、祖国に伝わる厄除けのテーブルノックだった。

「君たちはプロだ。休むのは引退してからで十分だ」

「レーニンは『勉強して、勉強して、勉強しろ』と言った。私は、選手に『走って、走って、走れ』と言っている」

部活動も真っ青な情熱と、プロとしての思考。

ここからジェフの快進撃がはじまる。