『なにもしてない』笙野頼子著・講談社文庫

「破傷風でもなければ凍傷でもない。ただの接触性湿疹をこじらせた挙句、部屋から出られなくなり妖精を見た。」

 

この書き出しがすべてである。ただし、それが生半可ではない。

 

「指の腹を房状に仕切っていた縦皺さえ、もう膨れ上がる熱とリンパ液で盛り上がって消えてしまっていた。……極限まで腫れた指先の肉は爪に喰い込んでいて、ただでさえ切れ易くなっている指の皮は爪の両端のところでその朝何箇所か裂けたらしい。一日でそこからはザクロのような身が出て、その内の三箇所がアズキ大に血で覆われていた。」

 

ところまで放置する。

小説を書いているが、生活費のほとんどは仕送り。

 

「作品は大抵、それで生活している人間と同じ基準で計られ批評の対象になった。だが仕事と呼べるものはただ一年に一度あるかないかだった。大抵は充分睡眠を取り、ボツになるだけの原稿を機嫌良く書く。書いている間は幸福で書き終われば不幸だ。」

 

一日の大半を、「なにもしていない」状態で怯え暮し、自分のつくりだした架空世界、妄想が洪水のように、鬱の世界にひきずりこんでいく。

一言でいえば、狂気。

自意識過剰や、思い込み、妄想の世界を、簡単に通りすぎていく。

文庫の解説で、川村二郎は、珍しく、作品の読解を放棄している。著者のプロフィールの補足につとめていて、踏み込まない。

群像新人賞の選考委員であった、藤枝静男は、作者の作風を評して、「こういう形の具体性をそなえた純観念小説は現今稀である。その意味で作者は大変苦労したろうが、また真面目な寧ろ純私小説だと思った」といった。まさに極北。ここまで自分の妄想を、紙に塗りこめる作家はいない。