『路上の人』堀田善衛著・徳間書店スタジオジブリ事業本部

ヨナは路上の人である。

ホームレスとは違うが、家はない。

路上にある無産者の宿命で、左足をひきずるように歩いているがそれは若き日の不具者を装っての職業的後遺症であり、彼がかつて一度も実行しなかったものは娼婦業ぐらいであるという。

出来ることはすべて出来るときに実行しなければ生けて行けないのだ。

年齢は45歳前後であるが、正確なことはわからない。彼自身も正確なことは知らないのである。ヨナ、という名前にしても、たまたまある使命を帯びた旅の学僧から名づけられたに過ぎない。それまでの名前は、「人の名に値しないものである」と学僧から告げられてすてた。

 

中世の夜は闇である。

人々は、昼と夜と、人間と自然との二つの世界以外に、第三の、霊、あるいは幽霊、または幻像の世界との、三つの世界に生きざるを得なかった。

大伽藍をささえる、石柱に彫られた水仙や百合、菫、葉薊、ミルラなど、あたかも植物図鑑をぶちまけた彫刻から、石の芳香を、少なくとも想像裡においてでも、その匂いを嗅ぐことの出来ない人は、まさに二十世紀の現代人といっても過誤はない。 

少なくとも、西欧中世の、その初期は、ヨーロッパの平地の森は、村と村との交流交通を遮断し、これを分断した。森は深く、暗かったのである。森の彼方にあるものは、別個の国であり、法も慣習も、言葉も違っていた。

 

「ヨーロッパ中世世界は、森の海のなかに、わずかに草葺きの屋根をのぞかせて沈んでいた、散在する無数の島であったのである。」

 

そこに、どうにか道と呼ぶことのできるものが出来(しゅつたい)してきたとき、いまだかつてない在りえない異様な現象が起きた。

歴史の道程にしたがっていえば、街道や河川の分岐点や合流点に都市が発生し、商業が全ヨーロッパ規模で行われるようになり、商業は戦争を呼び、この両者はともに人々を村から連れ出した。

食糧生産の増加は人口の爆発的膨張を招き、村々に収容しきれなくなってしまった人が出来してきた。それに《遍歴こそ職人の大学だ》といわれていた各種の職人がいる。機織の者、鋳掛け屋、石工、大工、研ぎ師、椅子直し屋、籠屋など、さまざまに。

商人や飛脚、巡礼、職人たちだけならば、王権、各級領主や僧院の保護下にあって通行自由であった街道や道路は安全なところであったに違いない。

だが、道路標識のない時代に、岐路にたって右すべきか、左を選ぶべきか、その選択は、彼ら旅するものたちの運命を決定づけた。

神と道路の霊に対する祈りだけが、彼らの保証だったのだ。

ここに、われらがヨナの立つべき場所があった。

 

ヨナは人に雇われるときには、つねに食物ともっとも近接した位置、あるいは人を選んだ。たとえば、旅の騎士と僧侶ならどちらを選ぶか。それは後者にきまっていた。なぜなら、山の中で道に迷っても(それは頻々として起った)僧侶なら一夜の宿りを受け入れてくれるからである。

 

ヨナはその出自から、自分の言葉をもたなかった。

ある学僧は、

 

「ヨナ、お前は喜びをトスカナ語で、悲しみはオック語で、台所の話は英語まじりのオイル語で、ヨーロッパ以外の地のことはカタラン語で話す。また空腹のときにんは、カスティーリア語で話すようだ。トスカナにいたときにはよいことがあり、オクシタニアにいたときには悲しいことがあったのだろう」

 

ヨナの放浪は地図のように、肉体と言葉そのものの中に記されている。