books335『歴史のかげにグルメあり』黒岩比佐子著・文春新書

冒頭に、ブリア・サヴァランの「人民の運命は宴会において決せられた」の名言を引き、近代日本の歴史的事件を、交渉のテーブルに出された料理のメニューからひもといた労作。

鎖国を終わらせたペリー提督への饗応を筆頭に、幕末から明治維新までを書き残した英国外交官、アーネスト・サトウが目撃した豪華な食事、日露戦争の殊勲、児玉源太郎が祝勝会で浴びたシャンパンシャワーなど、歴史が動いたその瞬間のテーブルに、スポットを当てている。

秀吉が禁止した河豚(フグ)禁食令を解禁した初代・内閣総理大臣、伊藤博文。

味の素や森永製菓の創業者、料亭「八百善」主人など食関係の錚々たる面々が蝟集した美食の殿堂をつくりあげた村井弦歳。

公卿の中でも家格が最も高い摂家に次ぐ、清華家出身の希代の食通、西園寺公望。

フランスのアナーキスト、エリゼ―・ルクリユスにならって菜食主義を提唱した幸徳秋水。

欧米の皇族との接待のために苦心した明治天皇や、ダンスと美食による鹿鳴館外交を実行して失敗した井上馨、一代で巨万の富を築き、自身が設立した帝国ホテルに伝説のパン職人、イワン・サゴヤンをスカウトした大倉喜八郎。

刺青を彫り、芸妓遊びを満喫した後、津田三蔵巡査に斬りつけられたロシア最後の皇帝ニコライ二世。

全部で、十二章、計十一人が登場し、それぞれが核となった事件を、フルコースのメニューのように読み解いていくだけでなく、ピエール・ロチを中心にした余談のスパイスも絶妙で、薄さの割に、中身がぎっしりと詰まっています。

中でも興味深く読んだのは、明治中期の新聞小説の第一人者、村井弦歳と、大逆事件の幸徳秋水の章。この二人に関しては、著者はまた別に本を書いており、それぞれ猛烈に面白いので、『「食道楽」の人 村井弦歳』、『パンとペン』あわせてお読みくださいまし。おすすめいたします。