books335『ウッツ男爵 ある蒐集家の物語』ブルース・チャトウィン著 池内紀訳 文藝春秋

パタゴニア』の印象が強すぎるせいなのか、本書を読み終わり、訳者あとがきを読むまで、この本が小説であることに気が付かなかった。

ウッツ男爵は確固とした存在であり、マイセン磁器のコレクションをめぐる謎も、やはり歴史の一ページの中に埋もれているのだ、と勘違いをしてしまった。チャトウィンの文章は、翻訳者は違っても、紀行文と小説の違いはあっても、不思議と読後感が変わらない。

 

「物品は――と私は考えた――人間よりもたくましい。それは変わることのない鏡であって、そのなかに人間は自分の消滅を見なくてはならない。美術品の蒐集ほど人を老いらせるものはないのである。」(p161)

 

「肉体労働は精神の良薬だ。」(P213)

 

みたいな警句や、

 

「ウッツはチェーホフの小説『犬をつれた奥さん』を読んだことがある。また両親はマリーエンバートで知り合って結婚した。そんなことから湯治町について、あるイメージがあった。そこでは予期しないことが起こる。」(P102)

 

才能があれば、いつか、こういう書き出しで、文章を書いてみたいと思わせる、きらびやかな宝石が散りばめられている。

チャトウィンの本を読んでいると、ときどき試されてるな、と思う文章に行きあたる。

それは、たとえば、こんなところ。

 

「世界の大陸を擬人化した像があった。アフリカは豹の毛皮に覆われ、アメリカは羽根をつけ、アジアは塔のような帽子をかぶり、いかがわしげな大きな尻をしたヨーロッパは、すっくと白馬にまたがっている。」(P73)

 

想像できそうで、できない。何を言っているのか、わからないが、たまらなく魅力的でもある。