books335『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦著・新潮選書

電車の中で眠るか本を読むか迷いながら、ぱらぱらと頁をめくりはじめると、目が冴え、身を乗り出し、興奮のあまり途中で読書を中座することが出来なくなった。読み終って、即座に誰かにこの感動を伝えたくなったのは、久しぶりだ。まぎれもない傑作列伝だと思う。

 

本書で取りあげられる数学者はアイザック・ニュートン、関孝和、エヴァリスト・ガロワ、ウィリアム・ハミルトン、ソーニャ・コワレフスカヤ、シュリニヴァーサ・ラマヌジャン、アラン・チューリング、ヘルマン・ワイル、アンドリュー・ワイルズの9人。

 

ライプニッツよりも時期的に早く、高度な行列式を発見し、またベルヌイ数をベルヌイよりも早く、さらにラグランジュの補間式や方程式の整数解の求め方も考案していた日本の誇る算聖・関孝和が薄幸であり、さらに冲方丁が『天地明察』で描いた渋川春海に、小説とは真逆に失意のどん底に突き落とされていたり、恋に破れ決闘で死んだという伝説だけが一人歩きしている二十歳で早逝した天才ガロワや、あぐらの上に石板を置き、白い石筆で数式を書いては肘で消すという作業を繰り返し、新しい公式を発見する度にノート・ブックに書きつけて文字通り数学の世界を塗り替えた、南インドの魔術師ラマヌジャンなど、逸話に事欠かない人物たちのドラマもさることながら、それを描く文章も並みではない。

 

「インドで発生し、イギリス人がヨーロッパにうつし、ドイツでヘーゲルを殺したコレラが、一八三二年の三月フランスにまで達した。」

 

時代をマクロで捉える視点と、数学史に燦然と輝く偉業を成し遂げた非凡な才能を持つ若者たちが天才に変貌する一瞬を一冊の本にまで遡る緻密な取材。

天才の絶頂を劇的に描くだけでなく、天才であるがゆえに、味わうことになった苦悩や絶望、圧倒的な孤独と向き合う本書は、天才論でもある。

著者はいう。

 

天才とは

「自ら進んで創造の苦しみを肉体にそして骨にくいこむほどに背負って歩いた人。たまたま運良く、あるいは運悪く選ばれたため、この世にいて天国と地獄を見た人といってもよい。」

 

いい本を読んだ。